
https://youtu.be/eIFTnaPXnRM
Contents
・所感
・音楽の射程距離とロックであること
・演出
・脚本
・作画
・メインキャラクターの成長
・サブキャラクターの成長や関係性
・音楽および楽曲
・東映アニメーションについて
ガールズバンドクライ(ガルクラ)を見終えた。正直に言って、音楽界隈に掛けた最近のアニメ作品には食傷感があって敬遠していたのだけど、1話のクオリティとエンドまでのミュージックシーンに衝撃を受け、何よりエンタメとして純粋に面白かった。
特に主人公の井芹仁菜が、自身の直接的な言動と音楽活動を言行一致させる展開は、音楽アニメの射程を考えるきっかけになったし、ヒューマンドラマとしては、P.A.WORKS*西村純二監督(岡田磨里脚本)の「True tears」を彷彿とさせる高いクオリティだった。
作品について色々調べていくと、色々新たな発見があり、簡単に言語化したいと思う。
主なストーリーは次の通り。「ガールズバンドクライ」の主人公は、高校を中退し単身で上京した井芹仁菜。ある日、彼女は降り立った郊外の駅前でたった一人で歌う少女、河原木桃香と出会い、彼女の持つ音楽の力に触れる。さらに、本心を隠しながら生きる安和すばる、両親に捨てられた過去を持つ海老塚智、天涯孤独の少女ルパとともにロックバンド「トゲナシトゲアリ」を結成。それぞれ境遇は違うものの、悩みを抱えた5人の少女が世の中の不条理さに立ち向かい、自分たちの居場所を探す。怒りも、喜びも、哀しさも、全部ぶち込むために、、、
・音楽の射程距離とロックであること:
音楽とは何であろうか。
古典的な芸術ジャンルは音楽、演劇、美術の3つに大別される。それぞれ再現性、一回性(同じ瞬間に同じ芸術を再現可能か否か)で区別され、古典的な価値観では一回性の高さから、音楽こそが至高の芸術とされた。音楽とは神との対話であり、神への告白である。一方で神が人間の創造の産物である前提に立てば、音楽は人間との対話であり、人間とは他者であり自分自身でもある。自分自身との対話、自分自身の表現であるなら、ロックというジャンルは、直接的な自身との対話という観点で、 正しく 芸術であり、音楽そのものともいえる。
(MV 爆ぜて咲く より)
ロック自体が持つ意義や価値観は多様であり、裏を返せばロックという定義は常に状況で変化しうるということである。ただ、大衆(商業主義)には迎合しない、という点が共通している。
ここで重要なのは、日本と日本以外とで、それぞれロックの持つ側面の受容状況が異なることであり、特に停滞感と平和が支配する日本と違い、他国(特に欧州)では 社会規範に対する反逆、 アイデンティティの確立、政治的姿勢の表明、カウンターカルチャー、他ジャンルとの融合(もともとがR&Bやカントリーミュージックを電気的に激しい旋律で表現する方法であった)が優勢である。
逆に日本でも日本以外でも共通する受容側面としては、個人の感情の発露としてのロックという回路であり、自由や創造性の場所としてのロックである。
この個人の感情の発露、つまり現代人におけるアクチュアルな問題設定とは何か。それがこの作品が繰り返しモチーフとする幾つかの観点だろう。
つまり1;「自傷的自己愛」(斎藤環)、2;「自意識過剰を肯定する回路」=ここではロック、3;孤独感を癒す場所としての疑似家族=バンドメンバーとしての「居場所」(ある統計では16歳以上の半分以上が、家や学校以外に「居場所がない」と認識)であり、特に3つ目はコロナ禍で加速したと考えられる。
これらのテーマは主要登場人物にも表れている。いじめや親子関係で葛藤する仁菜、仲間に裏切られた桃香、祖母に対して本心を隠しつつ感謝もしているすばる、親子関係の軋轢で孤立する智、両親を亡くし天涯孤独のハーフであるルパ、、、
彼女たち自身の衝突、社会との距離感、共存共栄と足の引っ張り合い渦巻く音楽業界、それら全ての葛藤を音楽に乗せて届けようとする構成は、暗くてアグレッシブなメロディと輻輳して心に刺さる。痛くて、苦しくて、愚かしくて、惨めで、どうしようもないほどに。
ここで日本と日本以外という視点に戻るとき、本作品で先行して上映されている実物の「トゲナシトゲアリ」のMVの存在が大きい。2023年までで先行してリリースされた5本のMVにおいて、その視聴者層は40%が日本、60%が海外という、リーチの広さに改めて驚く。その地域はアメリカ、タイ、台湾、インドネシアなど、日本文化と親和性の高い地域が多く、もともと日本文化との接点も多い中ではあるものの、東映アニメーションとAgehaspringsの想定していた射程距離に、かなり届いた、成功した作品と言える。
・演出:ストーリーパートと楽曲パートとで出来栄えが俄然変わる。
ストーリーパートにおいて、3Dキャラのモーションはまだまだ発展途上の演出であるも、3DCGとしては史上初のイラストルックであり、リアルルック3Dで発生しがちな違和感払拭には成功している。ここは、オブザーバーとして演技指導が入るレベルに補われた、バンドメンバー兼声優陣の熱演の成果もあると思う。
半面、楽曲パートにおける演出力は凄まじいものがある。プリキュアシリーズで培われたEDでおなじみの「ダンスシーン」用の細やかなキャラクター動作、ラブライブ!などを経て更に洗練された躍動感のあるアニメーション、鮮やかに切り替わるカメラワークの各シーンの連続性とリアルタイム性、曲調に合わせてしっかり奏でられるエレキギターや打ち込まれるドラム、カラフルでありつつもキャラクターの基調と整合性の取れた美術設定、それら全てを支えるミュージックラインと歌詞、、、とくに今回の企画専用に選抜され、放送開始前から第一線でデビューしてきたメンバーの歌唱力の存在感が大きい。
・脚本:楽曲パートの有り無しで回ごとの緊張感の緩急をバランスしている。主人公の仁菜が成長とともに自身のトゲ=背中から出る赤い線条帯の発出頻度を減らしていく描写が見ている者の胸を揺さぶる。
最終的に楽曲対決でのDiamond dustに対する敗北、事務所の退所という結論は、バンドメンバー、特に仁菜と桃香の信念を貫く明確な意思表示であり、安易な妥協に走らない(=商業/現実主義に取り込まれない)、着地点として素晴らしい。
このバッドエンドでの仕上げに消化不良を覚えるかもしれないが、前に進む力を残酷に奪い取る一方で、本気で進もうとする人にとっては、祝福になりえるだろう。
・作画
3Dデザイン:Vtuberの普及と、海外展開や日本アニメ産業の生き残りをかけて選ばれた「イラストルック」3D。ディズニーやピクサーのフルルック3D,日本伝統のセルルック(イラスト)、そのいづれでもない方向を選択したのは、生成AIで量産されうる従来手法のイラストや、資本力がモノを言うフルルックではないジャンルによる訴求を目指している理由とのこと。次第に画面に馴染んでいくこの試みは、非常に画期的で、興味深い。
・メインキャラクターの成長
基本的に主人公の仁菜と桃香、仁菜の元親友で現・Diamond dustのメインボーカルであるヒナとの対象で描かれる。後者が社会のマスに適合して迎合できる売れ筋バンドであり、前者は信念を曲げない故に挫折し続ける存在として描かれる。この「信念」や「感情」を曲げずに、どう適合させる方法を見つけるか、
その一つの答えが彼女たちがバンドを続けることであり、「間違っていない」と言い続けることなのだろう。それは、立て続けに演奏してきた様々な楽曲が基本的に鬱屈した基調であるのに対し、終盤では一転して明るい基調の新曲になっていることにも象徴されている。
当初は臆病で引っ込み思案ながら頑固だった仁菜が、「好きな音楽」を貫きたいという姿勢で、次第に桃香との関係性が逆転していくシーンが非常に印象的だ。
5話の後半、仁菜が桃香にDiamond dustを庇う理由を問い詰めるシーンがある。
大人の事情を理由に明言を避ける桃香に対して、彼女たちの音楽に納得できるのか、好きか嫌いかを明確化してほしいと問い詰める仁菜。
なぜ自分が間違っていないと言わないのか。仁菜が好きだったDiamond dustと、今のDiamond dustは違うと、なぜ言わないのか。
仁菜が好きだった昔のDiamond dustの音楽から逃げてほしくない、
自分の人生を変えた音楽を否定してほしくない、自分に負けてほしくないと、と問い詰める仁菜。
なおもDiamond dustのメンバーを庇い、路線変更に耐えられない自分の責任だったと逃げる桃香。
それでも、と仁菜は食い下がる。自分の音楽から逃げてほしくない、仁菜の人生を変えた桃香の音楽を、桃香という人間が好きだから。
(5話のバンドシーンより)
ここではそれまで子供であり庇護すべき存在として描かれていた仁菜が、逆に自身の存在の根拠を、好きな音楽を問うことで、その思いとともに桃香に「気付き」を与える転換点である。
メジャーデビューし、一度は敗北し、商業的な勝敗が音楽性の勝敗だと無理矢理妥協しようとする桃香を、ここで仁菜が肯定することで、最終話に肯定的な音楽を提供するとともに全員で事務所を辞めるという伏線にもつながるエピソード構成である。
・サブキャラクターの成長や関係性:主人公達の結成するバンド「トゲナシトゲアリ」と、桃香の所属した元バンド「Diamond dust」の違いを考える時、それは「マス」に届くかどうか、「現実主義」かどうか、という基準よりも、「音楽(の可能性)」への信念の射程の長さではないだろうかと考える。
従来のロックバンド路線を捨て、アイドル路線として現実的な成果を手にした 「Diamond dust」 は、マスの支持を得て終盤にロックバンド路線に戻ることで、旧来のファンと新規ファンの取り込み拡大に成功していく。
だが、一度アイドルバンド路線にしたことで彼女たちの歌いたい「音楽」そのものは、かなり曖昧になってしまっただろう。だからこそロックバンド路線に戻ることで自意識を再構築できたともいえる。
一方で 「トゲナシトゲアリ」 のメンバーは、純粋に信奉する「音楽」そのもの、音色の品質や届けたい言葉の本質に拘る。それは勿論、マスには届かない、残念ながらニッチなものかもしれない。ただ本質的なものは長い時間をかけて刻まれるものだ。それは祖母に対して、演劇ではなく音楽を選ぶと告げるすばるのエピソード、音楽の品質への拘りから衝突と孤立に至るルパと智の下りからも象徴的な姿勢だ。
(7話 「名もなき何もかも」より)
・音楽及び楽曲:すべてがバンド「 トゲナシトゲアリ」 の提供である。彼女たちのバンドとしての成長と楽曲の、特に歌詞の内容が優れて良くなっていく構成が秀逸。
デビューしたてのバンドが作る内容としては、楽曲自体がカッコよすぎるという視点はあるものの、本作品のリリースに先行してメジャーデビューさせた本体の「トゲナシトゲアリ」の持つ力と、そのバックグラウンドである音楽プロデユーサーの agehasprings 及び玉井健二の力量にうならされる。
「メインキャラクターの成長」の下りで触れたが、楽曲の内容が、状況に合わせて非常に的確に配置されているのが非常に興味深い。
例えばデビュー曲の「名もなき何もかも」では、世界に対する不信とそれでも自分の感情を信じたい陰鬱な叫びを訴えかける。Bパートのサビ「知って 知って 知って心が 苦しい 君に言いたいよ 」は、直接的な言語で心情を吐露するロックの黎明期を彷彿とさせる。
続いて実質的な物語のピークである野外フェスでの「空白とカタルシス」は、ライバルであるDiamond dustを意識しつつもその大きな距離感を認めるたくない葛藤が、アグレッシブなメロディとともに奏でられる。Aパートのサビ「許せなくて 許せなくて 不甲斐ないんだ 何もかも 何もかも 劣ってるんだって 涙上っ面だけで隠してんだ」は、相手に圧倒されつつも立ち向かいたい葛藤が非常に競りあがってくる。
(11話 空白とカタルシス より)

https://www.youtube.com/watch?v=tr8psNtqYxg
そして物語の白眉であるラストライブでの「運命の華」は、桃香の音楽に対する情熱と仲間への祝福を寿ぐように自己肯定的で明るく、であるからこそ売上的にはボロボロであることが分かり易い。Bパートのサビ「消えたかった 私はもういない 消えなくてよかったな、、、だって君と出会い 芽吹いてしまった 運命の華」は、やがて待ち受ける彼女たちの前途多難で厳しい未来を考えると、甚だしく胸に刺さる内容である。
※東映アニメーションについて
・今田前社長の信念である、「アニメーションこそが日本唯一の輸出可能な映像産業」、それを社長時代に無名に等しい知名度で欧州各国にPRし続けたことが、フランスを初め日本アニメブームの下地になった背景がある。 また、キャラクター玩具や雑誌タイアップなどのマーチャンダイジング手法を確立した会社でもあり、 仮面ライダーなどの変身するヒーローや、戦うヒロイン像の確立=女子独立宣言 、、、セーラームーン、おジャ魔女、プリキュアシリーズの生みの親である。
・なお、今田前社長が課長時代に日動を買収したのが東映の基礎である。
・今田前社長の先代の岡田前社長時代の大量リストラで赤字削減に代わり有力製作陣を軒並みリストラ、高畑勲や宮崎駿も渦中にいるなど、激動を経てきた、日本のアニメーションスタジオの老舗である。
参考文献
ガールズバンドクライ 急成長続ける海外市場を狙う音楽アニメhttps://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00988/00009/?n_cid=nbpnxr_twbn
アニメ『ガールズバンドクライ』の最新MV「爆ぜて咲く」が8月28日から公開開始! プレス向け先行上映会&説明会https://www.kkbox.com/jp/ja/column/showbiz-0-1739-1.html
『ガールズバンドクライ』をレビュー:「ガルクラ」「ぼざろ」に共通するホーム(居場所)が無い問題https://www.itmedia.co.jp/fav/articles/2406/28/news107.html#3
特集】 agehasprings玉井健二|話題のバンド・トゲナシトゲアリについて徹底取材
https://au.utapass.auone.jp/lp/interview-kenji-tamai
https://realsound.jp/2024/02/post-1582956_2.html
シリーズディレクター・酒井和男が振り返る 『ガールズバンドクライ』の画づくり② | Febri
『ガールズバンドクライ』の物語と共振する楽曲群 – Real Sound|リアルサウンド


コメント
[…] さて、大ガールズバンドアニメ時代到来!である。本記事では2020年代ガールズバンドアニメとして ぼざろ、MyGO!!!!!、ガルクラを中心的に取り上げたい。上記3作品の合計で市場規模推定1000億円前後とも言われており、さらに近々のガルクラ(ガールズバンドクライ)のLiveの盛況、ゲーム化、またMyGO!!!!!の後編であるAve Musicaを2025冬に控えるなど、まだまだリリースは続く見込みである。マクロ的には、アニメ産業における音楽事業の売上が漸減する一方(317億円→274億円、2023年度)で、ライブエンタテイメント事業の急激な盛り上がりなど(571億円→972億円、2023年度)、大勢も追い風の状況だ。 […]
[…] ・アニメスタジオのブランド化問題を考える。MAPPAやUfotableなど「安定」とされるブランドも盤石な経営、労働環境とは言い難い。実質的には「トップ人材」の取り合いになっており、「ジャンプアニメ」がそうしたリソースを集める状況である。地味に東映の3DCGが「凄い」雰囲気(「The First SLUM DUNK」「ガールズバンドクライ」「ゲゲゲの謎」など)が産まれ、老舗は変わらず強い。東宝やワーナーの動向が注目に値する。ワーナージャパンは日本オタクコンテンツに特化したが、少し前の日本アニメマーケットに特化した事例として「異世界スーサイドスクワッド」なども展開。「独占配信だと埋もれる」日本のメディア事情も存続している。例えば、BEASTERS FinLなど、北米に比較して日本では話題に埋もれがち。ここには北米におけるCNNやBBCなどの単一チャンネルの「多チャンネル化」(ひたすらニュース、スポーツ、アニメなど)に対して、日本では6放送局(日テレ、TBS、フジ、朝日、東京、NHK)による旧メディアの支配が長く中央集権的な体制であり、配信文化が根付かない。 […]