響け!ユーフォニアム~京アニ思想の新機軸~

・足掛け10年間にわたり、劇場版を含めたサーガとして、2024年春に完結した
京都アニメーションによる「響け!ユーフォニアム」。

原作小説への批評的な脚本構成への介入、圧倒的な京都府宇治の風景描写、高校生活や吹奏楽部活動の繊細なリアリティ描写、吹奏楽というモーション演出に困難性を伴う作品を、躍動感ある絵作りに転換していく想像力。
そして自ら産み出した「日常系」に終止符を打つ世界観の提示。
そのいづれも、現時点の京都アニメーションの粋を集めた”傑作”と表現して差し支えないと思う。

手放しで絶賛するにあたり、幾つか個人的に課題事項が残されており、
以下散文的な備忘としたい。

・アニメーションと吹奏楽のアレゴリー 

批評家で大学教授の石岡良治は、この作品の批評軸として、「芸術と商業の両立」の探求を示した。

吹奏楽は軍隊楽から発展し、戦場や式典における軍事的な機能と、演奏技術の向上を目指す芸術的な側面を併せ持つ。事実、学校における部活動が認められている日本と米国以外では、殆どの国家における吹奏楽は軍隊の文化的産物である。
音楽大学などを経てプロへと進む音楽家の道としては、吹奏楽ではなく、オーケストラ部や楽団などがあることにも、その特長が表れているといえる。

芸術では無いのにも関わらず、その優劣を争う意義とは何か?
何を根拠に「金賞」「銀賞」などと判断できるのか?
つまり、技術的な側面と、組織運営力の力量の側面、その両立こそが求められる資質と言えそうだ。

一方で、アニメーションも初期はプロパガンダや娯楽産業としての側面が強かったが、徐々に芸術的表現が追求されるようにもなっている。

具体的な娯楽と芸術の対立要素には、以下の5つほどがあると思う。
一定の制約下の期限と予算配分で大量生産を可能にする分業制や、フルアニメーションやリミテッドアニメーションなどの芸術性の追求としての
「制作プロセス」。
商業的な先行者利益が確立された思想と、時代に先行する批評的な思想表現との逡巡で進められる
「マーケティング戦略」。
リスク分散のため日本で一般的に採用される複数企業の出資による”製作委員会”と、クラウドファンディングや一部助成金など芸術性を追求する方式などの
「資金調達方法」。
海外市場で人口に膾炙した成熟市場への適応としての娯楽思想とするか、アニメーション独自の文化や表現手法を追求するかなどの、市場対象を踏まえた
「国際展開」。
制作効率やコスト削減としての外部委託という採算優先の側面と、セルアニメなど伝統的手法と新技術の統合的処理などの芸術性の高い技術の適用といった、
「技術革新」。

ここに示されるように、両者は商業と芸術の両義的存在であり、純文芸でもなければ、純商業でもない点にその特徴がある。

このような「歴史的背景と起源の対比」以外にも、例えば以下の比較要素が考えれられる。
「技術的習得と感情的表現のバランス」、
「集団競争と個の表現」
(個々の役割が、どう集団に貢献するかという、吹奏楽における成果とアニメーション制作の構造的相似)、
「視覚と聴覚の芸術的要素」(視覚的な美と音楽の統合)、
「視聴者の期待と芸術性の折り合い」。

これらの要素は今後の吹奏楽の発展や、アニメーション産業における将来性を検討する際に有効性があり、かつ射程を長くもつ検討課題と思われる。

・両義的な存在としてのスピンオフ「リズと青い鳥」

ここで具体的な作品を挙げるとき、「響け!ユーフォニアム」を考察するうえで避けて通れないのが、山田尚子*吉田玲子による劇場版の同作スピンオフ
「リズと青い鳥」だろう。

アヌシー国際映画祭などで授賞するなど、芸術性の高さを追求した本作は、
「響け!ユーフォニアム」に登場する2年生の傘木希美と鎧塚みぞれにスポットを当て、2人のソリストとしての成長を、架空の童話「リズと青い鳥」に準えながら、両者の自己認識と他己認識のすれ違いとその昇華を、淡い百合という閉じた関係性の中で構築していく。

TVシリーズの「響け!ユーフォニアム」とは、キャラクターデザインから色彩感覚、音響設計まで明確に芸術志向として区分して製作されており、その成果としての映画祭大賞の授賞は、二人(正確には音響監督含め3人?)の面目躍如であるだろう。

一方で、TVシリーズの「響け!ユーフォニアム」で見られたような、大胆で躍動感のある演出や、変化と多様性に満ちた群像劇の成りは勢いを潜めている。

最新作映画「きみの色」でも見られたような、不必要に繰り返されるモチーフの多用や日常的な会話への鋭敏なこだわりが、劇作品としての鑑賞性の没入感を遮断しがちになってしまうことも考える必要があるだろう。

・10年間をかけて日常系とセカイ系を埋葬する手続としての達成と未達

この20年間以上にわたり、京都アニメーションが日本のアニメ市場の思想的役割ではたしてきた意義は図りしれない。
グロス元請の「涼宮ハルヒの憂鬱」「AIR」を皮切りに、「らき☆すた」や「CLANNAD」、「けいおん!」、「日常」etc、、、、
事実上の「セカイ系」の敗北宣言(涼宮ハルヒの憂鬱)から、「日常系」(けいおん!、らき☆すた)へと、比較的思想的に「閉じた」系譜の作品を、例えば学園生活などの「閉じた」空間で、丁寧に緻密に描写していくことで獲得してきた、彼らの市場は確固たるものがある。

それは、しかし2020年代の現在、いわゆる「なろう系」(欧風ファンタジー異世界へ転生した、「イケてない自分」が、無条件で肯定的な存在として無双する関係系の総称)に、市場的にも思想的にも圧倒されている状況から考え直す必要がある。

批評家で編集者の宇野常寛が述べているように、端的に言えば、「日常系」に耐えきれない自我を、「なろう系」に転換することで、更に閉じた思想系に位置するのが、現代(日本)アニメ市場であり、文芸市場であると言える。

では、ここで京都アニメーションとしては、どのようにこの潮流に応えていく必要があるのだろうか?

ここで考えたいのが、「響け!ユーフォニアム」第3期で登場する 黒江真由 の存在だ。

・黒江真由 の体現する思想 = 「旧来的な京都アニメーション」

第3期の1話、不自然なほど唐突に転向してくる、ユーフォニアムのダークホース、
黒江真由。 
劇場版の2作品(2年生編、「アンサンブルコンテスト」「誓いのフィナーレ」)を経て、少しずつ「吹奏楽部長」としてマネジメント力を身につけた、主人公の黄前久美子における、ある意味ラスボスともいえる存在だろう。

転校前の高校は吹奏楽部の競合でレギュラー、そして北宇治高校の2年前における部活内の陰湿政治事件(第1期8話、高坂麗奈と中世古香織のソリスト対決)と同様の事件の被害者である 黒江真由 は、全国大会金賞を目指す黄前久美子率いる吹奏楽部の「オーディション形式」(実力主義)の思想を揺さぶる実力者として、物語の中核を揺さぶる。

石岡良治の言葉を借りれば、黒江真由 自身、日常系空間の妥協的維持に奉仕する人間像として描かれ、「AIR」「Kanon」「CLANNAD」などで示されてきた、京都アニメーションのマイルドな作品思想(ヒロイン全員を傷つけない、傷つかない、、、など)を体現するような人間として描かれる。

だからこそ、1度のソリストのオーディション敗北を経て、3期12話の原作改変による外部世界のリアリティへの接続が必要だったのだ。(12話は必見!!)

2度目の黄前久美子との ソリストのオーディション対決を経て、原作では曖昧な争点で美化された黄前久美子の勝利は、しかし逆に、黄前久美子の敗北と、彼女の部長としての意思と思想の決意の場所として、圧倒的に美しく描写される。

特に圧倒的なのは、オーディション対決の結果後、部内のマネジメントを最優先に、感情を制御して繰り出される、部長の黄前久美子の渾身の演説だ。

「(3年間、この高校でユーフォニアムを務めた私ではなく、
実力を評価された黒江真由を称えると同時に、部内の動揺を鎮める意図で)
これが!!今の北宇治(高校)の!!ベストメンバーです!!!
このメンバーで、必ず!!!全国で金を取りましょう!!!

これは物語世界におけるご都合主義に対する踏み絵であり、
もう少し敷衍すれば、黒江真由という「日常系」に対して、黄前久美子という新時代の主人公が、どのような思想的行為で対処するかの提示の決定的なシーンである。

それは2020年代に示される、新しいジュブナイル(成長物語)であり、マネジメントとしての思想であり、京都アニメーションとしての決意であるとも考えられる。
(宇野常寛談)

これは、第1期8話も含めた、花田十輝の圧倒的な脚本構成という力量も寄与しつつ、
 それまでの京都アニメーション市場(ファン)に対する、決別と新時代の提示でもある。

この、2020年代に、このジュブナイルスタイルを構築する意義とその手法は、再構築されて然るべきであり、壮年世代はさりとて、若年世代に如何に「届けるのか」は、やはり考えていく必要があると思う。

・政治としての吹奏楽と「学園の外」という可能性、「先生」に回帰してしまう危うさと可能性

ここでも中間課題として残るのは、京都アニメーションは本気で「日常系」と決別したのか?という問いである。

つまり、本気で日常系と訣別するなら、黄前久美子は高校教師エンドにするべきではないというものだ(スクールカースト上位者なり、学校生活充実者は、結局スクールカーストの再生産の根源であり、閉じた空間から出られないという思想に回帰しがちになる、宇野常寛談)

※更に恐ろしいことに、後輩からは「久美子先輩って、才能のある子が好きですよね!!」と評される。。

ここでスクールカーストの再生産と予防を考えるとき、同じく花田十輝の同時期の作品「夜のクラゲは泳げない」で示された 渡瀬キウイ の描写が興味深い。

「夜のクラゲは泳げない」は2024年春に放映された、花田十輝がシリーズ構成を担当した、動画工房(アニメ「推しの子」等)による1クールのオリジナルアニメだ。

三十路の子持ちアイドルなど、興味深い機軸を打ち出しつつ、その表現者としてのカタルシスの回収がやや安易になってしまった点は残念だが、先述した渡瀬キウイの人物造詣は優れていたと思う。

つまり少女期の過剰な成功体験を引きずって、コミュニケーション不全から引きこもりがちになり、尚且つ学内の人気者を装って仮想現実でオラつきつつ、現実社会に適合するために、「私のような痛い体験をもった生徒に手を差し伸べたい」という背景で教師を目指すのだ。

私の学生時代にも、このような教師がいたら良かったのに、と感じてしまう。

・京都アニメ―ションに今後期待したい作品世界とは?

このように幾つかの個人的な検討課題を残しつつ、やはり「響け!ユーフォニアム」は掛け値なしの傑作であったと明記したい。

やや古いが邦画の「桐島、部活やめるってよ」のような政治劇を踏まえつつ、近年のガールズバンドシリーズに通底するような「ギスギス」感を受け入れる思想的土壌が着実に出来上がっていることが、2024年に本作が完結したタイミングとして完璧であったと思う。

そしていまなお圧倒的な風景描写、人物動作の繊細な描写、動作の描写と連動した山田尚子や立石監督の優れた情緒描写演出(1期の楽曲シーンにおける緻密で大胆な迫力のある描写、2期1話の信じられないほど美しく宇治の打ち上げ花火を描く凄み)は健在であり、まだまだ活力を備えていると思う。

一方で、欧米界隈のアニメーション市場では、ヴァイオレット・エヴァーガーデンなどを通じて、一部で既に「枯れた」との評価もあり、先行きは平坦ではない。

今後、彼ら実力者のスタジオが、作品世界的にも思想的にも新機軸を打ち出し、世界に広がる新たな可能性を目指すときに、どのような方向性の作品がありえるのだろうか?

それは、日本の文化や、政治的思想を踏まえつつ、未踏の分野、例えばポリティカル・フィクション、ロボット・アクション、ダークファンタジーなど、彼らにとっても彼らの支持世代にとっても未開拓で、かつ市場の射程の長い作品に、挑戦的な未来があるのではないだろうか。

参考文献
「響け!ユーフォニアム 小説版Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%BF%E3%81%91!_%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%A0
「響け!ユーフォニアム アニメ版Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%BF%E3%81%91!%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%A0_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1)
「京都アニメーション Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
「アニメーション Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
「日本のアニメーション(作品)Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%BD%9C%E5%93%81)
「吹奏楽 Wiki」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%B9%E5%A5%8F%E6%A5%BD
石岡良治著 「現代アニメ「超」講義」 PLANETS
吉田大八監督、朝井リョウ原作「桐島、部活やめるってよ」2012邦画
映画時評「桐島、部活やめるってよ」(宇野常寛+森直人)
(「文化時評アーカイブス2012-2013」ダヴィンチ*PLANETS)
ニコニコ動画 PLANETSチャンネル
(「石岡良治の最強伝説~響け!ユーフォニアム クラフトマンシップの政治~」)
(PLANETS 批評座談会「~響け!ユーフォニアム 黄前ちゃんと黒沢さんの成長に拍手!」)

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