山田尚子監督の最新作、劇場アニメーション「きみの色」を観てきた。公開初日、台風10号の接近の影響で交通機関は乱れ留まり、映画館の人の入りも夜が更けるほどに疎らだった。
所感としては、良かった。未熟な自我の、キャンバスに描かれる不可能性への諦念と、可能性への憧れ、それらを音楽という彩りを通して豊かに色付けていく現実の枠組みと多様性、非常に繊細な心情描写が鮮やかで成年向けだった。
一方、アニメーションとしての色彩を駆使した憧憬的な描写が広がる中で、キャラクターや世界の動的なダイナミズムに欠けるため、ターゲットが絞られてしまう作品とも感じた。
映画の構成的には非常にシンプルだ。
「世界は彩りに満ちている。どんなに不器用であれ、踏み出して、その豊かさをどうか味わってほしい。」
映画冒頭の、バレエ苦手意識を吐露するような淡白な色彩世界と対比された、ラスト手前のトツ子の花畑のワルツが、バンド活動を経て表現に対する解放感を得た魚のように開放的で可能性の彩りに満ちていた。
畳みかけるようなラストも、医学大学への船手を祝う空に放たれたグラデーションのリボンが美しかった。
Cパートでも、トツ子の不器用な惑星のサンバ風味ソング
(「水金地火木土っ天アーメン」を外連味無く奏でる世界観に成長しており、トツ子 と きみ の可能性の広がりを感じた。
特に、この作品のもう一つの主眼である、後述する トツ子 を主軸とした「何も起こらない」世界観を如何に魅力的に描けるのか、という問いかけに対する、現時点での力強い回答だと感じた。
・山田尚子監督とその制作布陣

監督の山田尚子はアニメーションのTV放映版と映画の「けいおん!」で脚光を浴び、同じく映画「聲の形」で国内外からの評価を確立。
近作「響け!ユーフォニアム」や「リズと青い鳥」では京都府宇治市を中心に高校生の吹奏楽を、京都アニメーションからの独立後は「平家物語」の発表など継続的な活動をする若手監督だ。
脚本には「けいおん!」や「聲の形」などで山田尚子と協業してきた吉田玲子、同じく音響監督には、映画「聲の形」のイントロのカジュアルでノスタルジックなロックが印象的だった牛尾憲輔を布陣し、企画元に川村元気(映画「君の名は」「天気の子」「告白」等)やScienceSARU(湯浅政明など)を配置。
・長崎の島嶼で、色彩豊かに描かれる祈りのような群像劇

本作のあらすじを簡単に紹介しよう。長崎県のあるミッションスクールに通う高校生のトツ子は、人が「色」で見える。そんなトツ子は、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみと、街の片隅にある古書店で出会った音楽好きの少年・ルイとバンドを組むことに。トツ子をはじめ、それぞれが誰にも言えない悩みを抱えていた……
ビジュアルイメージとしては、イタリア・イギリス・チェコ合同映画の「ミネハハ 秘密の森の少女」を下敷きにしたホモソーシャルな背徳的世界観を下敷きにしつつ、美少女「ではない」女子高生を中心に据え、その独自で未成熟な自我の変遷が、偶発的なバンド活動を通して描かれる。
個人的にこの作品の白眉と感じたのは、この抒情的で事件性も浪漫も「無い」物語が織りなすリアリティであり、空気感だと思う。
・映画「聲の形」の達成と課題の克服

映画「聲の形」は、原作漫画を推敲し、主眼を男子高生の回復に絞った佳作だった。その一方で、障がい者や疎外者に対するアプローチとして、美少年美少女という安易な形式以外の形がとりえるのか、という点については、原作の制約もあり、踏み込みきれなかったポイントだと思う。
あるいは近年の作品であれば俵万智の実写リバイバルにしてアニメーション映画化された「ジョゼと虎と魚たち」の再解釈は、かなり意図的にこの手法を用いたメロドラマにその問題と自意識を回収させていたことが記憶に新しい。
※気になる人は、実写映画「ジョゼと虎と魚たち」との違いを是非確かめて観てほしい。
・彩られる「日常」

その点、本作「きみの色」では、 トツ子と きみ、 きみ と
ルイの恋愛未満の描写は仄めかされるものの、極めて抑制的であり、安易な浪漫の物語としての回収に陥らせず、日常をその先にも続けさせるという、監督と脚本家の、現実社会に対する矜持と責任を感じた。
美少年美少女の浪漫という物語の回路に回収「しきれない」現代の我々が、日常を豊かにするのは、この物語の トツ子 が示すように、日常に潜む様々な事象の「色」を感じ取り、「音」を奏でて踊るように「体感」し、その開示された自己との対話を通じた他者との「豊かな関係性」を楽しむことに、可能性の一端があるのではないか。
それは初代の機動戦士ガンダムでいう、「カツ」的ポジションの人間が、どう現実社会で可能性と喜びを見出していくのか、という問いに対する回答でもあると思う。
それが音楽を通じた神への祈りであれ、自己開示による可能性の拡大の喜びであれ、だ。
・二ーバーの祈り

ラインホルト・ニーバーの祈りのモチーフが繰り返し用いられることを少し検討したい。全文は次の通りである。
| 英語(原文) | 日本語訳 |
|---|---|
| God, give us grace to accept with serenity the things that cannot be changed, Courage to change the things which should be changed, and the Wisdom to distinguish the one from the other. Living one day at a time, Enjoying one moment at a time, Accepting hardship as a pathway to peace, Taking, as Jesus did, This sinful world as it is, Not as I would have it, Trusting that You will make all things right, If I surrender to Your will, So that I may be reasonably happy in this life, And supremely happy with You forever in the next. Amen. | 神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。 変えるべきものを変える勇気を、 そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。 一日一日を生き、 この時をつねに喜びをもって受け入れ、 困難は平穏への道として受け入れさせてください。 これまでの私の考え方を捨て、 イエス・キリストがされたように、 この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。 あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを信じています。 そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで永遠の幸福を得ると知っています。 アーメン |
冒頭、トツ子は、シスターである日和子(声優:新垣結衣)に吐露する。「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。」
トツ子は何を「変えられないもの」として断念しているのか。それは幼少期に諦めたバレエを通した美しさであり、色彩豊かな世界観が彼女以外に共有されえないことであり、それゆえに形成される彼女自身の幼い世界観である。
物語の序盤から中盤にかけて、シスターの日和子は、トツ子に問いかける。
「変えることができないもの・・・の下りには続きがあります。ご存じでしょう?」そして上述の続きを諳んじる。
「変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。」
ここでは一見、シスターがトツ子に、可能性と自己開示を促す説教のように考えられる。
が、終盤で実は、シスターも、且つてロックバンド活動をしており、それ故に苦しみも悲しみも、同じように神への祈りになるのだという思弁的な説教が説得力をもって迫ってくる。
主要人物はみな、自己の環境に関する葛藤との対峙に苦しんでいる。トツ子の敬虔さ、きみ の祖母との共生と期待、ルイ の家業の相続、、、
それぞれが不器用ながら、バンド活動を通じて、自己表現を通じて、その心情と世界観をバンドのミュージックラインに乗せて、それぞれの曲調に合わせて届けようとすることで、
その葛藤との対話と許容をミュージカルに描く学園祭の描写は、
閉じた世界の中で、観客も含めてそれぞれが可能性を探そうとし、自己表現を通して「今」を楽しもうとする喜びに満ちている。
このテーマは、エンディングで用いられるのMr childrenの新曲
「In the pocket」にも現れている、日常の中に、喜びの可能性をどう見つけるか、というところにも通底していると感じた。
参考文献
PRTIMES「【山田尚子監督・最新作】 オリジナル長編アニメ映画『きみの色』」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002022.000005069.html
映画「きみの色」公式HP https://kiminoiro.jp/news.html
「The Fine Art of Love: Mine Ha-Ha」
https://www.allmovie.com/movie/the-fine-art-of-love-mine-ha-ha-am56332
「二ーバーの祈り」Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A
山田尚子監督インタビュー 『きみの色』で“悪意”を描かなかった理由


コメント
[…] あるいは、キャラ萌えを結晶化したような監督人物像も見当たらない。近年でいえば、庵野秀明は自他共に認める「リバイバル作家」=二次創作作家化しており、細田守(「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」など)はオリエンタリズムとの結託の方向に舵を切っており、新海誠(「ほしのこえ」「君の名は。」「すずめの戸締り」)はアンチキャラ作家であり背景作家である。女性のアニメーション監督として近年名声を着実にしてきた山田尚子(「映画けいおん!」「リズと青い鳥」「聲の形」「きみの色」)は、表現主義者でありシネフィル主義者である。 […]