「性理論のための三論文」

「性理論のための三論文」(1905年版) ジクムント・フロイト 人文書院

光末紀子訳、石崎美侑解題、松茂元卓解説

※表象文化論における「性と暴力」テーゼにおいて、特に前者の起源と研究の一端を探るための抄録です。

目次

第一論文 性の逸脱

リビドーの一般的理解に在る錯誤と不正確、早計を考えるため用語を導入する。
性的魅力を発する人を性対象、突き進む欲動が目指す行為を性目標とする。

性対象に関する偏倚
A,対象倒錯
 A-1.対象倒錯者の振る舞い
完全な対象錯誤(同性愛)、両性的な対象錯誤、外的条件に依る時間依存の対象錯誤がある。正常な性対象との間に起こる葛藤体験を経てリビドーが倒錯へ変化する場合もある。対象倒錯は早い時期から始まるのが常である。

 A-2.対象倒錯についての見解
 A-2-1.変質
必ずしも外傷や感染症が原因でなく、標準からの大きな偏奇が複数生じていたり、
仕事を遂行する能力や生活能力全般が酷く損なわれている場合を変質とする

 A-3.先天性
しばしば先天性の対象倒錯は根拠に乏しく、むしろ後天性か先天性かは意味を成さない。例えば

1.人生の早い時期に何らかの性的影響を受ける出来事に遭遇する
2.外的影響、例えば同性生活、戦時生活、拘禁生活などが、対象倒錯の固着へ導く
3.対象倒錯は催眠暗示により解消される

 A-4.対象倒錯についての説明
 A-4-1.両性性を引合いに出す
心的な面での男女性、解剖学的な面での男女性の関係が転倒する場合の対象患者はしばしば性的意欲減退者である。また全ての対象倒錯者に両性的な素地が考えられる

 A-4-2.対象倒錯者の性対象
男性×男性の性的倒錯者の場合に求められるのは両方の性徴を統合した存在、つまり男性を求める蠢きと女性を求める蠢きの妥協の産物でありえる。
逆に女性の場合に能動的な性的倒錯者は男性的身体、心的特徴を頻繁に帯び、対象には女性らしさを要求しがちである

 A-4-3.対象倒錯者の性目標
性目標は一概に言えない。
男性の性的倒錯者の性目標は必ずしも肛門では無く、
女性も口腔粘膜を必ずしも求めない。マスターベーションがしばしば唯一目標となる

 B,性的に未熟な者や動物を性対象とすること
性的欲動の多種多彩さを鑑みると、子どもが唯一の性的対象となることは例外であり、臆病な不能者や衝動的な欲動が要因となりえる。動物の場合は性的魅力が種の枠を超えがち。

2、性目標に関する偏倚
 A,解剖学上のはみだし
  A-1.性対象の過大評価
恋愛対象への論理的盲目、判断の低下は、性の過大評価とし、他の身体的性目標へと高める。ここにホヘのいう刺激への願望、性的種類への欲求がある

  A-2.口唇および口腔粘膜を性の為に利用すること
性的魅力としての口唇粘膜に対する嫌悪感はしばしば便宜的であり、リビドーにより克服できる要素として注目されうる

  A-3.肛門を性の為に利用すること
肛門の性的利用における嫌悪感は前述より更に明確化される

  A-4.他の身体部位が持つ意味
性的欲動において口唇粘膜や肛門がもつそれと本質的な変わりはない

  A-5.性対象の不適切な代替―フェティシズム
性目標放棄と関連した性の過大評価と依存関係にあり、連想により性的対象と結びつくもの全ての上に広がる意味において、正常な愛と同じ様相を呈する。
症例となる場合、フェティシュ/呪物への志向が固着し、正常な目標の代替となり、それ自体で単独の性的対象となる

 B,暫定的性目標の固着
  B-1.新たな意図の出現
  B-2.触れることと見ること
見ることが目標倒錯に繋がるのは、
a.専ら性器に極限される場合、
b.嫌悪感の克服と結びつく場合(窃視、排泄など)、
c.見ることが正常な性対象を排除する場合(露出症)

  B-3.サディズムとマゾヒズム
残忍性と性欲動の結びつきは、
その攻撃性において食人文化の名残とされる研究が多い。
一方でサディズムとマゾヒズムは、攻撃性の混入のみならず、両性性において一体となる男性と女性の対関係に関係付けられえる

3、すべての目標倒錯について一般的に言えること
 3-1.ヴァリエーションと病気
 3-2.目標倒錯における心の関与
 3-3.まとめ
性欲動は複数の構成要素から成り立つが、その諸要素は目標倒錯において再びバラバラになることがある

4、神経症患者の性欲動
4-1性欲動は神経症を惹き起こす唯一恒常的で最重要のエネルギーである。ヒステリーは身体的現象としての排出行為である。ヒステリー性格には正常の限度を超えた性抑圧があり、羞恥心、嫌悪感としての性欲動への抵抗の結果であり、性の問題と知的関連事項からの本能的な逃走である

 4-1-1.神経症と目標倒錯
神経症は目標倒錯の陰画であり、正常な性欲動のみならず転換された欲動などが形成要素である。

4-2.部分欲動と性源域
刺激を受け入れる器官を性源域とし、この興奮が欲動に関する性格を付与する。それは精神神経症において最も明瞭である

4-3.精神神経症において、目標倒錯的セクシュアリティが優勢であるようにみえることについての説明
精神神経患者のセクシュアリティにおいて性抑圧と性欲動の要因が比較的強く含まれるが、症例の軽い場合はそうでもない。性源域、部分欲動における先天性のものの関係度合いの探究が重要

4-4.セクシュアリティにおける小児性の指摘
全ての人間にとり生得的な素質には強度の揺らぎがあり、生活における影響により強調されえる。全ての目標倒錯の萌芽と想定される体質は児童において明示される可能性があり、児童のセクシュアリティの発達のプロセスを支配する影響を研究する必要がある

第二論文 小児のセクシュアリティ

 1-1.小児性を等閑視すること
遺伝子的な影響より子供時代の経験の影響力が性的欲動の関連性が高いとの見解がある

 1-2.小児期の健忘
小児期の健忘、激しい感情表現の獲得や判断能力の獲得の、成長に伴う忘却は、子供の心的状態と精神神経症者の心的状態の比較観点となりえる。

2.子ども時代の性の潜在期とその突破
子供の性生活は大抵2歳から3歳の頃に観察可能となるようだ

 2-1.性の抑止
この時期の心的な力は、嫌悪感、羞恥心、美的、道徳的観念は、性欲動の方向性を狭めがちである。教育は予め指示されたものに準えられ、自らの割合範囲から一歩も外に出られない役割に過ぎない

 2-2.昇華
性の潜在期は、性の欲動に起因する不快感を押さえ込むために、嫌悪感、羞恥心、などの心的堤防を築き、将来的な目標への性欲動の昇華の基盤となりえる

 2-3.潜伏期の突破

小児のセクシュアリティの表出

 2-4.おしゃぶり
口唇との接触、リズミカルな吸引行為からは、食物摂取の目的は排除され、ある種のオーガズム、恍惚性を放ち、さらにマスターベーションへも到達する

 2-5.自体性愛
欲動が自身の肉体にて満足することを、ハブロック・エリスはこう表現した。これはマスターベーションとは異なる。
おしゃぶりはその典型であり口唇は性源域の役割を果たす。
食物摂取への欲求と性源域への満足の分離が、自身への欲動へと向かい/自体性愛、やがて外部の口唇を探す端緒となりえる。
自体性愛の段階では性対象は知り得ず、性目標は性源域の支配下にある

3.小児のセクシュアリティにおける性目標

 3-1.性源域の特徴
予め決められた性源域の他に、おしゃぶりのように、他の任意の皮膚ないし粘膜が性源域を引き受ける場合がある。つまり刺激の質は身体部位の性質やより快の感覚の産出と多く関連している可能性が高い。リズムも重要な要素。性源域とヒステリー源域は同じ性格を示す

 3-2.小児の性目標
反復して満足を得ようとする試みには二つの要素があり、
不快の性質を持つ独特の緊張感、周縁の性源域に投影される刺激感である。
つまり性目標とは、性源域に投影された刺激感覚を、ある外的刺激によって代替することと定義可能

4.マスターベーションによる性の表出

 4-1.肛門域の活動
糞便の我慢は児童にとり初期は意図的なものであるのは、いわばマスターベーションのような刺激を肛門に与えたり、世話係との関係性のために利用する目的がある

 4-2.性器域の活動
排尿は、亀頭やクリトリスを性源域の役割を位置付け、正常な性的生活の端緒である。

 4-3.乳児のマスターベーションの回帰
大人あるいは他の子供から、誘惑、時期尚早の性的活動対象として子供を扱うことは神経症の決定的要因になるが、内的な要因もある

 4-4.多形倒錯的素質
誘惑を被った子供は多型倒錯的になり易い

 4-5.部分欲動
子供の場合、窃視欲動は、自ずとなされる性の表出でもありえる。それは羞恥心を知る前の性的露出活動であり、他者の性器への好奇心にも基づく。性の発達と、窃視及び残忍性への欲動は影響関係がある。思い遣りの枠が取り払われると、修復不可能性や、マゾヒズムへの接続もある

5.小児のセクシュアリティの源泉

 5-1.機械的な興奮
リズムの快感との関係で、馬車、鉄道、車の移動による振動は児童に魅惑的効果を及ぼす

 5-2.筋肉の活動
喧嘩を含めた筋肉の接触、肌の接触は性の興奮を促進しえる

 5-3.情動の諸過程
児童にとり強烈な情動の過程は恐怖すら、
試験の不安すらセクシュアリティに影響する。それは性器への親近感を強める。
それが不安や不快な情動に基づく場合の深刻化への対処として、ある種の虚構世界、読書や舞台などへの参入が非常に有効

 5-4.知的な仕事

 5-4-1.さまざまな性体質
個々の性源域は性の興奮を流入させるため、自らの嗜好にあわせて発達することで性体質の多様化を促す

 5-6.相互影響の道
他の機能からセクシュアリティへと至る全ての連絡路は逆方向を辿る事ができる。
口唇から肛門、その逆など。注意力の集中は性の興奮を惹起するが、
逆向きの作用は、性の興奮を制御可能な注意力の操作に干渉しえる

第三論文 思春期における改変

 1.性器域の優位と前駆的な快
性源域の興奮は外部世界からまず訪れ、次いで内部刺激として器官を動かす

  1-1.性の緊張
緊張感がもたらす不快感は感受される快とは異質たが、心的変化の衝動により緊張感を快感へと移し替える

  1-2.前駆的な快のメカニズム
性源域の興奮を生じさせるためのプロセスを前駆的な快とし、性源域は自らの獲得による前駆的な快を手段としてもっと大きな満足の快を引き寄せるために利用される意義がある。フロイト「機知とその無意識の関係」も参照

  1-3.前駆的な快の危険
前駆的な快のメカニズムの構造的危険として、前駆的な快が大きすぎ、その快への緊張の量が少な過ぎる場合、正常な性目標への到達を阻むことである。その予防方法として小児期における性源域の優位性の強調がある

 2.性の興奮の問題

  2-1.性物質の役割
性物質の蓄積が性の緊張を作り出し維持する理論は、あくまで男性性に基づき、3つの項目、子供、女性、去勢された男性を考慮していないために、有効性が低い

  2-2.内性器部分の過大評価
上記は、性腺の除去、去勢や卵巣除去による性的特徴の廃棄の不可能性を考える実例と連関する。寧ろ性腺の欠落により他の因子の発達が阻害されることが重要

  2-3.化学的な理論
神経症は臨床的に観ると快楽を作り出す毒物、アルカロイドの習慣的服用によって生じる中毒症状、禁断症状に非常に似ている。しかし神経症の原因は性生活の障害にしか帰属させる事ができない。同じことが性腺の刺激より、性源域と刺激への変換に読み込む事が可能

 3.男と女の区別
リビドーは男性であれ女性であれ、対象が男性であれ女性であれ、常に決まって男性的性質もつとする主張がある

  3-1.男性と女性における主導域

 4.対象の発見

  4-1.乳児期の性対象
乳児において世話人との関わりは性の興奮と性の満足を絶えず性源域から流出させる源泉である。世話人は接吻や揺りなどにより、乳児を完璧な性対象の代替とする。
それが性欲動を呼び覚まし、強化する。
両親の過ぎた愛情は害となるのは、児童の性の成熟を早め、甘やかしは、
児童がのちの人生において一時的に愛を諦めたり、
不充分な愛で満足するのを不可能にする。

  4-2.小児の不安
怖がり易い子供は、大き過ぎる性の欲動をもつようになった児童、
あるいは甘やかされたために、要求の多い性欲動をもつように成熟した児童に見られがちな症例。対して大人は、過剰な不安に対して、児童のように振る舞いがちとなる

  4-3.近親姦に対する防壁
両親から児童への適切な愛情表現と距離感が近親相姦を防ぐ方法として有効である。
両親の過剰な愛情に包まれた子女、特に女性の場合、
結婚後に冷淡で性に無感覚となりやすい。
これは両親への愛が小児期に経験された両親へのリビドーの固着に過ぎないことを示す。つまり性に関わらない愛と性的な愛は同じ源泉から供給されうる。

  4-4.小児期の対象選択が後にもたらす影響
両親の不和は子供の性の発達を阻害し、児童の神経症の遠因となりえる

  4-5.対象倒錯を避ける
最も大きな性的倒錯を防ぐ力は相対立する特徴が互いの性に対して発する魅力である。乳母が男子を、男性が女子を教育する

 まとめ

 1.発達を阻害する要因

 2.体質と遺伝
ヒステリーや神経症患者の父には梅毒の前歴がある場合が多い

 3.抑圧

 4.昇華

 5.偶然に体験されたこと 

 6.早熟
性の早熟は性欲動がのちにより高度な心的審級から望ましい支配を受けるのを困難にし、欲動を心的に代理する際にいずれ要求される強迫的性格を強める。性の早熟はしばしば時期尚早の知的発達と歩みをともにし、性の早熟のみが孤立する場合と異なり、立派な業績をもつ高名な人々への導線となる

 7.執拗な残存

 8.固着

(抄 石崎美侑 解題「性理論のための三論文」再訪より 抜粋p228-231)

第一論文について。
精神医学と初期のフロイト理論との比較だけでなく、精神分析におけるその後の展開も扱った。

フェティシズムは女性のファルスの不在に対する否認とみなされ、サディズムとマゾヒズムは従来の男性性―女性性という対立図式ではなく、欲動の能動性―受動性として説明された。

また、これらを対照的なものとしてとらえるのではなく、マゾヒズムこそが根源的であるとした点も精神分析独自の発想だった。

さらに私たちは、フロイトの「神経症は倒錯の陰画である」というテーゼのもと、フロイトの初期のヒステリー病因論を整理し、フロイトが「性理論のための三論文」で導入した性源域と両性性という概念が本格的に用いられた症例ドーラについても検討した。

ヒステリーの研究から出発したフロイトが、多形倒錯的な子どものセクシュアリティという人間の性欲動の根本的な倒錯性にたどりついたことは、病理という「異常」をもとに一般的な「性理論」を構築しようとする試みの根幹をなすものであっただろう。

第二論文について。

子ども時代のセクシュアリティの特徴である自体性愛と、後に自体性愛と対象愛との中間期として見出されたナルシシズムの概念史を整理し、性欲動の起源についても考察した。

自体性愛とナルシシズムについては、フロイトのダ・ヴィンチ論や症例シュレーバーの分析から、ナルシシズムがはじめ同性愛のメカニズムを説明するための概念として導入され、後に正常なリビドー発達の一段階として位置づけられた過程を確認した。

性欲動の起源については、「依託」や「誘惑」をキーワードに、フロイトのテクスト内在的にセクシュアリティの誕生過程を描きなおしたラブランシュの「一般化誘惑理論」を紹介した。

第三論文について。

思春期以降のセクシュアリティを論じる際のフロイトの目的論的な記述に注目し、
非―目的論的な再解釈を試みた。

私たちは、フロイトにおける「自我」や「対象」の概念と、それらの関係性についての定義を確認することによって、フロイトは、少なくとも1910年代のメタサイコロジーにおいて、いまだ性欲動の独立性を手放していなかったと結論した。

「性欲動と性対象との間はいわばはんだづけになっている(S.10/GW5,46-47)
――私たちはここにおいて、初版という意味で最も古く、転覆的という意味で最も新しいフロイトの思想の一貫性を目の当たりにするのである。

しかし、精神分析を従来の精神医学や性科学と対比して手放しに称賛することも、
フロイトがしばしば性器的なセクシュアリティを発達した正常な形態として記述しているという事実のみに焦点を当てて批判することも、どちらにもそれ以上発展の余地がないように思われる。

確かに「性理論のための三論文」にも、目的論ととらえられかねない記述が散見される。

それでもなお、少なくとも1905年当時のフロイトが現代にも通じる革新的なセクシュアリティ理論を構想していたということも同時に読み取れる。

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カテゴリー: 書籍

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