なぜ、あの「語り」に惑わされるのか 大治朋子 毎日新聞出版
※本記事は表象文化、ナラティブ研究の一環での、同名称の書籍の抄録です
目次
はじめに
第1章 SNSで暴れるナラティブ
●ナラティブとは
ナラティブ研究の第一人者野口裕二によると、ナラティブには「語るもの」と「語られるもの」の両方の意味が含まれる。
ナラティブに必要最低限の要素は
「複数の出来事が時間軸状に並べられている」こと。
本書の定義は次の通り。
「様々な経験や事象を囲や現在、未来と言った時間軸で並べ、意味づけをしたり、
他者とのかかわりの中で社会性を含んだりする表現」
ナラティブの分類は以下の通り。
| 語り手 | 主語の人称 | 聞き手 | 主題 | 主な例 | デジタル事例 |
| 自分 | 1人称 | 自分 | 自分 | 自分専用日記 | |
| 自分 | 1人称 | 他者 | 自分 | 自伝、セラピー | ブログ、SNSへの投稿 |
| 自分 | 2,3人称 | 他者 | 他者 | 他者へのコメント、噂話 | 他者のブログ、SNS投稿への自分の反応、コメント |
| 他者 | 2,3人称 | 自分 | 自分 | セラピー、グループディスカッション | 自分のブログ、SNS投稿への他者からの反応、コメント |
| 他者 | 3人称 | 自分 | 他者 | ニュース、歴史、小説、伝承 | ニュース、SNSの他者についての投稿の視聴 |
●養老孟司さん「(ナラティブは)脳が持っているほとんど唯一の形式」
歴史はドキュメントだが、
記述と記述の間で時間が経過してしまうために理解しづらい。
それは物語にすることで最大限効率的に理解することができる
●養老孟司さんの「脳内一次方程式」にあてはめてみる
「バカの壁」(新潮新書)にて。人間は物事をy(出力)=a(係数)x(入力)で理解する。
係数a個人個人の持つ「現実の重み」であり、所属する宗教、感情、無意識と意識により同定される
●ナラティブを疑う世代
自分で情報を整理できない場合に、陰謀論は首尾一貫したストーリーをもって人を魅了し、脳の省エネ化に貢献する。
しかし「あなたは物語ではない」(ユヴァル・ノア・ハラリ)
●安倍晋三元首相銃撃件と小田急・京王線襲撃事件
安倍晋三元首相銃撃件の犯人の山上被告には映画ダークナイトのジョーカー=インセルへの強い関心が見られる。
インセルとはinvoluntary Celibate(不本意な禁欲主義者)であり、非モテである。多くはミレニアル世代で親世代に比較して年収が低い傾向にある。
彼らは性的に活発になれない原因を「経済のせい」「外見至上主義のせい」「女のせい」と被害者意識を持つ。京王線襲撃事件の服部恭太被告、
小田急線襲撃事件の対馬悠介被告にも同様の傾向がみられる
●インセルがはまる陰謀論ナラティブ
ドイツの治安当局関係者は有形無形の暴力で他社を支配しようとするいわゆる暴力的過激主義を「極右」「極左」「宗教」「その他」(ワクチン陰謀論、Qアノン、インセル)とする。
●犯行を空想して得る「報酬」
社会的に孤立した状態、状況的に心理的な意味で孤独な状態だと、ドーパミンやセロトニン、オキシトシンが不足しがちになる。動物的に本能的に報酬を求めるように、陰謀論やインセル思想によるシミュレートが行われるうちに過激になり、実行に至るまで報酬系統が強化されることが考えれられる
●「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」「無敵の人」「強い犯罪者」の時代
米田荘元警視庁長官によると「無敵の人」のような「強い犯罪者」は3分類できる。
1,刑罰による抑止力が効かない
2,ローンオフェンダーで組織的ではないため、事前情報の収集が極めて困難
3,一人だけでも高いテロ実行力
●岸田文雄首相襲撃未遂事件と現代型テロ
1999年の米国コロンバイン高校の銃乱射事件に感化され、
模倣的な犯行を行うことから、
「コロンバイン効果」といわれ、いじめの被害者などが感化され易い暴力的な復讐ナラティブの拡散の傾向がある
●最強の被害者ナラティブ
米国社会で優遇されてきた白人男性にも強い被害者意識がある場合がある。
優遇されてきた人ほどその地位凋落には敏感で、被害者意識をあおられやすい。
ナチスドイツ時代の「科学人種主義」の派生である「人種現実主義」は、大交代理論(白人社会を黒人が乗っ取るとする陰謀論)などを生み出す。
●パラノイア・ナショナリズムと弱者による弱者叩き
病的にナショナリズムに拘る風潮が一部にある。
文化人類学者ガッサン・ハージ「希望の分配メカニズム パラノイア・ナショナリズム・批判」では、人間は「希望する主体」であり、社会は「希望」とそれを生み出す機会をつくり人々に分配する。これがグローバル化による規制緩和や格差の拡大、福祉政策の縮小など、分配システムが破たんすることで、「新たに周縁化」する人々を産み出す。
彼らは希望のパスポートとして国家との一体感が感じられるナショナリズムに奔る。
そして国家が、税金を使って移民、難民やシングルマザー、生活保護者など既存の社会的弱者を守ろうとすると嫉妬し、
敵視し、国家を食いつぶす外的だと訴えて攻撃する。
そうすることで自分は国家に包摂され、必要な存在だという心理的な一体感を一方的に見出し、生きる希望に変えようとする。(内なる難民)
●SNS戦争を勝ち抜くための10か条
米国シンクタンク「ニュー・アメリカ財団」の戦略担当、P・W・シンガーは、ロシアウクライナ戦争の情報工作の要点として10項目挙げた。
1,偽情報は修正するのではなく、予め暴露する
2,ヒロイズムに訴える
3,都合のいい情報を取捨選択して出す
4,殉職者を神話化する
5,市民とともにあると訴える
6,市民の犠牲を強調する
7,市民の抵抗を最大化する
8,周囲の参戦を促す
9,自らの人間的側面を示す
10,ユーモアを駆使する
1について、インテリジェンス公表作戦などにより、ロシアによる偽情報拡散に前もって対処していく戦法。
最初に見た情報ほど信用しやすいという人間の認知の癖をつく。
しかし「反復継続」という繰り返し同じ情報に触れると信じやすくなってしまう傾向が、これを覆しがちになる。
●ナラティブで人を動かす闘い
前掲の2,5,9,10などを駆使し、ロシアウクライナ戦争においてウクライナは当初、軍備の圧倒的格差に対処していた
第2章 ナラティブが持つ無限の力
●ローンオフェンダーは模倣する
イスラエル政府の諜報活動家モサドによると、2015年時点の暴力未遂事件は4分類できる。
1, 自殺願望モデル(9%)
2,社会的に感化されて起きる伝染モデル(74%)
3,1,2両方のモデル(9%)
4,不明、その他(8%)
2は例えばイスラエル警察によるパレスチナ人民衝突とその報復(2015.10.03パレスチナ自治区スルダのムハンナド・ハラビによるユダヤ指導者殺害)とその感化、
あるいは映画ダークナイトにおけるジョーカーなど
●AIで「潜在的テロリスト」をあぶり出す
イスラエル政府が先行して開発した潜在的テロリストのあぶり出し手法、
自己過激化のモデルの推定は次のようなもの。
テロ容疑で拘束された人物から押収したデバイスのSNSへの投稿、
閲覧サイトの日時履歴のデータ収集蓄積による
●虐殺を生き延びた11歳の少女
●自伝執筆とPTSD
イスラエル在住のホロコーストのサバイバー、トバ・ベラフスキーによる自伝執筆は、セルフ・ナラティブ創りが、
PTSDに苦しむ人々の大きな助けとなることを示唆
●人間が生まれながらにして持つ「人生物語産生機能」
カナダの精神科医、深層心理学専門家のアンリ・エレンベルガーは、
人間には無意識的に物語を紡ぐ「神話産生機能」があり、
これが個人の人格の統合にも役立っているとする。
米国心理学者のダン・P・マクアダムスは、アイデンティティは人生物語であり、
人生に、まとまりや目的、意味を与える個人的な神話であると指摘する。
河合隼雄によると、不安神経症の人は「不安を自分の物語の中に入れて、納得がいくように語ることが出来ない」。だからナラティブ生成力を活性化させて過去の記憶にプロットをつけて再構築する必要がある。
●論理科学モードとナラティブ・モード
米国心理学者ジェローム・S・ブルーナーによると、人間の認知能力には「論理科学モード」「ナラティブ・モード」がある。「論理科学モード」は複数の出来事の因果関係を論理的に明らかにして一貫した命題を解き明かそうとする。
「ナラティブ・モード」は複数の出来事を時系列的に並べ、矛盾や曖昧を排除せず「もっともらしいリアリティ」を作り上げる。
「ナラティブ・モード」は
自己の心身や他者との関係性をつなぐ役目を果たしている。
●心理分野と医療分野における展開
「ナラティブ・モード」の活用、ナラティブ・アプローチとしては、心理療法としてのセラピーがある。その人を支配するストーリーを「ドミナント・ストーリー」と呼び、それとは別の観方「オルタナティブ・ストーリー」を専門家と相談者が共同で作っていく方法だ。
英国オックスフォード大学プライマリケア学科は2001年に患者体験データベースを立上げ、がん、糖尿病、うつ、HIVなどの感染経験を当事者が語る音声や動画を公開している。
日本では2009年創設のNPO健康と病の語りデペックス・ジャパンが、がん患者、認知症、障がい者本人や介護者のナラティブを共有している
●それは「幻聴」さん
北海道浦河町の地域活動拠点「べてるの家」では当事者研究としてナラティブアプローチが取られている。例えば幻聴に悩む人が、幻聴自体を「幻聴さん」「みどりマン」と擬人化して周囲と語り合うことで症状を改善していく手法となる。
※補足
この手法は、客観視によるコントロール感の向上、集団的知恵の活用、社会的支援の強化、のメカニズムから成り立つ
https://www.perplexity.ai/search/she-hui-fu-zhi-tuan-ti-no-hete-IdazJJIETJuKgjASfgBAaQ
●因果関係と意味を執拗に探す脳
米国認知心理学者ダニエル・カーネマンは、ナラティブの問題について、我々に過去の出来事が因果関係で説明できると思わせてしまうことだと指摘する。
認知の癖を可視化した実験として、オーストリア心理学者のフリッツ・ハイダーとドイツのマリアンヌ・ジンメルの実験動画からは、単なる記号の移動が、記号それぞれに擬人化を施し、対立関係まで見出す傾向があると示した
(▲が▼をいじめる、〇が怖がって逃げる等)
「すべてに意味はなく、大半の出来事は偶然の連続だ」と考えるより、因果関係を拵える方が心地よく、偶然に支配されていないと安心できる。これに付けこむのが陰謀論ナラティブや被害者ナラティブであり、過激派である。
●思考のハイジャック――ペテン師からアルゴリズムへ
注意すべき認知バイアスとして「見たものが全て効果」「ハロー効果(後光)」「確証バイアス」「認知的不協和」がある。
後者二つはSNSなどのアルゴリズムでエコーチェンバー的に増幅されがち。
英国ケンブリッジ・アナリティカのクリストファー・ワイリーによると「人の心をハッキングしたければ、まずそのナラティブ、
その背後にある認知バイアスを特定する必要がある」
●ジョージ・ルーカスの座右の銘
ジョージ・ルーカス監督映画スターウォーズの参照元、比較神話学ジョーゼフ・キャンベル「千の顔を持つ英雄」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)では、伝承される神話には一定の原型があり、全てはそのバリエーションに過ぎないとする。
スイス心理学者カール・ユングを引用しつつ、欧州からアジアまで異なる文化圏の神話が似ているのは「人間が普遍的にもつ無意識の欲求や恐れなどが象徴的に表現されているのが神話」だという。
●物語が道徳観を育てる?
英国社会人類学者ジェームズ・フレイザーによると伝承系のナラティブには「神話」「民話」「伝説」の3つがあり、そこに現れるナラティブは、その時代のその社会で共有される常識感や価値観としての「集合的無意識」が反映されている。
日本の民話における貧農夫の頻出さと農耕大家族社会、宗教の多様性(氏神、仏教、神道、観音、自然信仰など)、動物が人間に変身する(動物と人間を隔てる壁は低く、温かい眼差しがある。欧米は真逆)
●アテにならない企業伝説
●WBC栗山英樹監督が語った「物語」
栗山監督からの、大谷選手に関する幾つかの発言には前近代、近代的な自己と成長のナラティブが読み取れるが、関係者全員で物事を解決していく姿勢において、
ナラティブセラピーの手法の側面を持つ
第3章 ナラティブ下克上時代
●伊藤詩織さんが破った沈黙
●誹謗中傷は「私たちの世代で終わらせる」
●主語を変えて語る
例えば性被害を受けた場合にそれを1人称で語ることは想像以上に辛く、
3人称的に語ることが多い。
レイプなどの被害者がしばしば解離症状を起こすのは、自分ごととして受け止められず、無意識に当事者意識から解離することで自己防衛しようとするから
●「言葉は旅する」―コレクティブ・ナラティブの共鳴
誰かの語りを聞いて自分の物語だという感覚を得る時、
その物語はコレクティブ・ストーリーと呼ばれ、ナラティブ分類4:他者が他者を語る、に当たる。他者の物語に深く共鳴し、その世界に没入する事で起きる心理状態だ(ナラティブ・トランスポーテーション)
●五ノ井里奈さんが突き崩した組織防衛の物語
従来は組織ナラティブ、中ナラティブに捻りつぶされた小ナラティブは、
現代SNS社会においては中・大ナラティブの厚い壁を突き破る武器にもなりうる、ナラティブ下剋上時代といえる
●ナラティブ間の覇権争い
フランス人哲学者ジャン・フランソワ・リオタールは「大きな物語」「小さな物語」を区別し、前者を「様々な物語を背後から正当化する物語」、後者を「大きな物語の支えなしに成り立つ物語」と位置づけ、封建社会から大きな物語への移行、さらに現代のポストモダン、小さな物語社会への移行を示した。一例はオタク。

※前SNS社会は、外側から「社会、国家、地域」「家族、学校、職場等」「個人」が均等で内部に向かって抑圧的だった。
現代SNS社会は「個人」の部分が拡大をしていく
●解放され、ばらばらになった「孤」の危うさ
トランプ大統領が事実に反論する際に「別の観方」と称して
「オルタナティブ」なナラティブを提示するのは、
大きな物語の存在感が揺らいでいるために説得力を持ちやすい側面があるから。
E・フロムは「自由からの逃走」で社会的な絆から解放された人々が、自由に生きることの重圧や不安に耐えかねて自ら自由を放棄して権威/ナチスに追従しようとしたことを指摘。
野口「ナラティブと共同性 自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ」(青土社)によると、
オープンダイアローグはフィンランドで実践されている精神医療のシステム。
精神の病は人間関係の問題、破綻から生まれ、「人と人との間に宿る」と考え、
治療の目標を「彼らの経験を言葉にしていくこと」「開かれた対話」を目指す
(オープンダイアローグ)。
既述「べてるの家」では当事者のセルフ・ナラティブの語りと周囲のネットワークが受け止めることが新たな物語の再構築になりうることを示している。
「孤」と「孤」をつなぐ物語の再構築がかつてないほど求められている。
●元2世信者、小川さゆりさんの語り
●エホバの証人など宗教2世が語る「毒親」
宗教2世の中には自分の人生ナラティブを再構築しなければというプレッシャーを抱えている人が少なくない。
彼らが安倍晋三元首相殺害の山上被告の事件でさらなる差別や偏見を経験することがないよう、私たちは大ナラティブを構築する一人ひとりとして、現実でもデジタル世界でも言動に細心の注意を払う必要がある
(筆者注:参照:幾原邦彦「輪るピングドラム」)
●心を飛ばすナラティブ・トランスポーテーション(没入)
米国心理学者ジェローム・S・ブルーナーは、人が架空の存在に没入することは珍しいことではなく、
「常に文化は自分のナラティブのしっぽを飲み込んで文化そのものを再構築する」
という。
何かに没入する心理は「ナラティブ・トランスポーテ―ション」とされる。
ナラティブにより心理的にどこかに飛ばされるような感覚で、「読者がテキストや音声として提示されるナラティブ情報に没入し、ナラティブの世界に自らが入り込んだかのように感じている状態」を示す。
その没入レベルが高いほど「ナラティブに示唆された価値観に影響を受け、態度を変容させやすい」
例えば山崎豊子「白い巨塔」は当初、誠実な里見修二医師が、不正を重ねる財前直見に職を追われる結末だったが、編集部に寄せられた大きな反響により、結末を書き換えるまで連載を延長した。フィクションであってもその内容には社会的責任さえ伴う事例であり、人間がナラティブに没入した時に起きる強烈な感染状態だろう
●コロナ禍で顕在化した「お上主義」
米国政治学者エメリー・ローは「ナラティブ政策分析」で、政策が専門的で複雑化した現代社会においては、まずナラティブ的なアプローチで論点を整理することが重要とする。ドミナントなアイデアを「始まり―中間―終わり」という形で整理し、これとは異なるオルタナティブなアイデアなども取込みながら、より大きな「メタナラティブ」を創って議論の土台とする。対立・矛盾する多様な見方やイデアも、ナラティブ形式なら同時並行的に抱えられる。
●「ハリーポッター」を読んだ子供に見られる「効果」
●物語形式を危機管理に使う
●「選挙はストーリー」と語った安倍元首相の1人称政治
ナラティブは3人称に近づくと無味乾燥とした「他人事」になるが、1人称に近づくほど潤いを宿し、良くも悪くも「我がこと」として伝わり易い。
政治や社会全体を動かす大ナラティブと、個々人が抱える小ナラティブをつなぐ位置の広場=中ナラティブは本来、小ナラティブの群れを精査し、既存の大ナラティブをより良きものに置換えるオルタナティブなナラティブを育てる役割を担ってきた。
大ナラティブが失墜し、コロナを通して中ナラティブも機能不全が加速し、砂漠化した広場では、国家に「憂慮」してもらえない、新たに周縁化された個人のパラノイア・ナショナリズムが氾濫しやすくなる。「憂国のナラティブ」は安部氏、トランプ大統領のような一人称単数のSNS政治と親和性が高い。
いずれも「憂国」と見せかけて、実は自らを憂える自己愛、
ナルシシズムにつながるものだ。
●思考ウィルスが経済変動を起こす
第4章 SNS+ナラティブ=世界最大規模の心理操作
●ケンブリッジ・アナリティカ事件の告発者に聞く
●敵対的な勢力に足場をつくる
●感情が政治を動かしたブレグジット
●心理操作はノード(塊)としてのコアグループから
●いいね300個で伴侶より正確にあなたを分析
2013年に英国ノッティンガム大学デビッド・スティルウィルは「個人の性格と属性は、人間のデジタル上の行動記録から予測可能」で、ユーザーの性的指向などの予測手法を報告。「いいね」10個で職場の人より、150個でその家族より、300個で配偶者よら正確に人の性格や嗜好、考え方を把握できるとした
●ナラティブに感染させる「人体実験」
●ローハンギングフルーツ(心理的に操作されやすい人々)を感染源に
SNSでは怒りや不安を煽るナラティブが
特に強い感染力をもち猛スピードで拡散する。
ケンブリッジ・アナリティカではこのナラティブを
「パースペクティブ・ペスティサイド」
(情報兵器)と呼ぶ。神経症的、被害者意識が強い、自己陶酔的な傾向があり、かつSNSで活発な活動がある人々が引っ掛かりやすい。彼らは心理的レジリエンスが弱い「ローハンギングフルーツ」である
●狙われる「神経症的な傾向のある人」
性格はビッグ5として、1,外向性、2,神経症傾向、3,協調性、4,誠実性、5,開放性に分類される。2,神経症傾向がみられる人は否定的感情や怒り、不安など、身体への懸念を語る場合も多くみられる。ネガティブな感情は拡散しやすい。彼らの不安感や被害者意識を煽ることで効率的に集団感染を起こすのが、ケンブリッジ・アナリティカが開発した、SNS投稿の拡散の最大限極化させるメカニズムだ。誰もが状況の変化次第で、神経症傾向を抱える可能性がありえる。だから社会では「国内難民」を産み出さないための、格差是正の力が求められる。個人においても心身のレジリエンス維持向上、他者との絆が求められる。
●「ベータ男」をカモにする
2013年頃から欧米で流行してきたインセル、ベータメイル(弱者男性。強者男性はアルファメイル)は、ケンブリッジ・アナリティカ元副社長で現トランプ政権の補佐官スティーブ・バノンにより、極右思想サイト「ブライトバード」でカモにされてきた
●情報戦を制す先制と繰り返し
ナチスドイツのヒットラー、米国トランプ大統領が繰り返すウソ戦術について。
単純接触効果は、反復活動により認知を容易にする。米国デューク大学エリザベス・マーシュ教授は、繰り返される情報は新しい情報よりも脳内での処理が容易で、記憶にもとどまり易く、人間固有の「自分が受け取る情報は大抵正しい」という肯定的認知バイアスも手伝い、嘘でも繰り返されることで本当だと思い込んでしまう。
●トランプ現象という怒りのポピュリズム
●ナゾのイスラエル・情報工作企業
日本ではロシアや中国といった「国家」による情報操作が注目されがちだが、ケンブリッジ・アナリティカやイスラエルの情報系企業ブラック・キューブなどのような私企業に「極秘の仕事」を発注する政府は増加傾向にある。
●「日本は特に危ない」
米国の同盟国として米軍基地を抱えながら、地政学的に敵対的な中国ロシアの二大国家に隣接している。自衛隊の憲法上の問題に関する議論も続いている。また高齢者社会でもある(SNSリテラシー教育を受けていない、弱い)。
また民族的な傾向として不安感情が強い傾向があるとするデータもある。
セロトニンの調節にかかわる遺伝子(5-HTTLPR)には、鈍感で前向きなLL型、敏感で慎重なSS型、中間のSL型を分類すると、66%がSS型だという。
●ロシア式=トローリング(荒し)+サイバー攻撃
●米国防総省ダーパが立ち上げた「ナラティブ・ネットワークス(N2)」プログラム
ダーパは、ナラティブが人間の記憶をつなぎ合わせ、感情を形成し、
意思決定に影響を与え、集団をも分断するとしたうえで、
どのようなナラティブがセキュリティに影響を及ぼすのか、
それを心理学と神経生物学の観点から突き止める必要があると考えた。
●過激派の「悪しきナラティブ」を置き換えろ
●潜在意識と身体情報(ソマティック・マーカー)
脳の前頭前野は通常、合理的な判断をするので情動的な反応とは無縁と思われがちだが、実際には自律神経系などからより「鋭敏な」身体情報(ソマティック・マーカー)をもらって、総合的に意思決定をしている。神経科学者のアントニオ・ダマシオらによる実験「アイオワ・ギャンブリング」による、「良い山」と「悪い山」のカード引き出しにおける自律神経系の反応など
●無防備な「低関与型処理」状態を狙え
脳はできるだけ重要なことに集中できるように意識に高低をつけて注意を配分する。
低関与状態で処理された情報は潜在意識を形成して記憶に残りやすく消費行動に繋がりやすい。例えば広告。広告への注目度が上がると消費者は逆に守りの姿勢に入り批判的になるが、物語性=ナラティブ力があり視聴者を引き付けると、警戒心は和らぎ、メッセージがすんなり入る
●絆ホルモン、オキシトシンを兵器化?
ダーパはオキシトシンとナラティブの関係性の研究をいくつかしている。
米国クレアモント大学院大学のポール・ザック教授「ストーリーの核心;ナラティブにさらされて生じる末梢神経生理はチャリティー寄付を予測する」では、感情を刺激するナラティブを盛り込んだ動画のナラティブがオキシトシンを増加させ、寄付行動に比例することを示した。別の実験の合成オキシトシンの投与では、オキシトシンがナラティブへの強い共感をもたらし、それが行動を促したと結論つけた。オキシトシンの活用方法次第ではそれが情報兵器となることを示した。
●共感の反対は無関心
米国ペンシルベニア大学の認知神経科学者エミレ・ブルノーの実験で、内集団ばかり共感してしまう人間の認知バイアスを「偏狭な共感」と名付け、外集団の顔や夢や希望などナラティブを読み込ませることで、共感力が高まることを発見し、「カテゴリーが壊れる」瞬間と呼んだ。これはイスラエルとパレスチナのような対立が激化する関係であっても成り立つが、南アフリカのようなほとんど無関係の集団のナラティブの場合は脳反応が薄れ、共感の反対は無関心であることをうかがわせた
●対立を生む、お金に換えられない「神聖な価値」
米国プリンストン大学グレゴリー・バーンズの論文「あなたの魂の値段:神聖なる価値の非功利性を示す神経学的証拠」を引用。神聖な価値をめぐる意見の不一致は多くの政治的、軍事的紛争の一因であり、政治的暴力の根底にもある。神聖な価値が人間の心の中でどのように表れ、処理されるのかを知ることは政策立案者にとって非常に多くの示唆を持つ。一旦、何かに神聖な価値を認めると、その後もその認識を変更しない人は96%以上と判断の安定性が目立つという。また神聖な価値に、別の平凡な価値との交換を求めると、「タブーのトレードオフ」と呼ばれる、道徳的な怒りと嫌悪感を引き起こすことも分かっている
●東アジア人、イラン人、米国人の違い
ミシガン大学心理学部リチャード・E・ニスベッド「木を見る西洋人 森を見る東洋人」では、東洋人は物事を全体的に見たり中庸を求める傾向が強く、西洋人は一方の信念の正しさにこだわる傾向があるとる。ダーパの追加実験は3カ国の人種への検証でこれを示した
●米国防総省の「ナラティブ洗脳ツール」開発
ダーパはナラティブ・ネットワークスを通してBCI,brain computer machine研究により人のイメージでドローンや兵器を操縦する実験にも成功。
またナラティブの書き手と受け手を一つの輪で結ぶ装置の開発も進む。推測するには特定のナラティブに対する敵対勢力の脳反応やそれに基づく行動のAI予測、必要に応じたナラティブの生成拡散、標的集団の行動変容の促進であり、中国含め、「脳をコントロールする」(制脳)技術に着目されている
●SNSを舞台とする「認知戦」へ
SNSで生成され拡散される感情や意見を捉える方法について。ダーパの研究プログラム「戦略的コミュニケーションにおけるソーシャルメディア(SMISC)」の責任者ランド・ワルツマン博士が掲げる目標は以下。
1.(a)アイデアや概念(ミーム)の発展や拡散の流れ(b)意図的、あるいは人を欺くためのメッセージや偽情報の検知や類型化、計測や補足
2.ソーシャルメディアのサイトやコミュニティにおける、人を説得しようとする意図的な運動(キャンペーン)の構造や影響力行使のための操作の認知
3.人を説得する運動(キャンペーン)の効果の計測やその参加者、意図の把握
4.敵対的な影響工作として検知されたものへの対抗メッセージの生成
●イスラエルのSNS監視システム
イスラエルは早期からナラティブ対策としてSNS活用を開始。
2000年にユダヤ・インターネット防衛軍を設立。
2014年に双方向メディア・ユニットなるSNS専門部隊を創設。
当時のイスラエル・ハマス紛争に関してのSNS分析において英オックスフォード大学イーラン・マナアの研究ではイスラエル政府の投稿には以下特徴が見られた。
1.道徳の観点でハマスと自分たちを対比
2.ハマスはテロリストであり、これはイスラエルの正義の戦いだと位置付ける
3.主語に「we」を多用し視聴者に連帯感を示す
4.自分たちはあくまで「弱者」だと訴える
●紛争ナラティブとは
テルアビブ大学教育学部教授ダニエル・バルタルは紛争における
大ナラティブについて6つ挙げる。
1.自己正当化:この戦いは自分たちにとって存在をかけた崇高なものだが、敵側が戦いを続ける合理的な理由はない
2.脅威の強調:この戦いは自分たちの生命、価値観、アイデンティティ、領土を脅かすものである
3.敵の非人間化、悪魔化:敵は人間ではなく悪魔や動物、ウイルス、ガンである。また相手の攻撃は野蛮であり合理性、人間性に欠ける
4.自集団の美化:自分たちは人間的で道徳的である
5.自集団の被害者化:過去に受けた傷も含め、常に被害者は自分たちである
6.愛国心の強調:勝利には犠牲が伴う
●中国の「制脳権」をめぐる闘いとティックトック
2003年8月の中国の解放軍報では、認知領域の情報化戦争における重要性が指摘されている。2017.10月の解放軍報、2020.10月の同雑誌の内容は、ダーパの技術開発内容の方向性と重なっている。tiktokに関連して。2017年制定の国家情報法により、政府要請で民間企業は保有情報を提供する義務を負う。欧米メディアによると中国政府系メディアはtiktokの偽情報アカウントなどを通じて親中的な投稿や西側諸国を批判する陰謀論を拡散しているという
第5章 脳神経科学から読み解くナラティブ
●脳の中で活動するさまざまなネットワーク

東北大学大学院医学系研究科生体システム生理学分野教授の
虫明元教授「学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある」より。
ナラティブの処理は、左脳と右脳を両方使う、かなり高度な作業。
ナラティブの語りには必ず情動や気持ちが入ってくる。
陰謀論的思考は論理学モードの収束的思考、暴走といえる。
ナラティブモードの発散思考がどの方向に流れていくかが重要
●デフォルト・モード・ネットワークという「ぼんやり」
デフォルト・モード・ネットワークは、
脳が何もしていない状態だと思われていたが、
実は自分の記憶や個人的な経験の記憶を想起したり、人のことを考える、思考の発散と収縮の過程に必須のもの。
同じようにこのモードをメンタライジング・ネットワークとも呼び、心の理解に必要とされる
●幼少期の集中教育は何をもたらすのか
虫明元教授によると共感性には4つある。
感覚運動的な共感性、情動的共感性、認知的共感性、コンパッション(人助け)。
認知的共感性は、相手の感じ方を察知し、自分の行動を決める(動物がエサを取られないように相手を観るなど)。
コンパッションは前3種類を全て繋いて抱く共感で、身体や情動を一度一体化し、
認知的スキルにより他者を対象化し、自分はこの人のために何が出来るか考える。
共感性は遺伝と環境要因に左右される。
オキシトシンは親密では無い人々を敬遠させる働きをもつ。
●向社会性が低いとカモにされやすい?
支部と異なる人にも広く共感を抱ける人はより寛容な姿勢を持ちやすく、
向社会性が高いともいう。
向社会性の高い人は脳の背側、内側前頭前野、他者の報酬に関わる領域が広くなる傾向があり、自己の利益について考える領域との境目が曖昧になりやすい。
向社会性の低い、利己的な人は、内側と外側の境目が明確で、
閉鎖的、排他的になりがち。
向社会性が低い人がカモられる図式は次の通り。
社会的不安増大→向社会性が低く神経症傾向がある+SNSをよく使う人が不安感情や排他的な思考を強める→政治家や外国の勢力が自己の利益のために悪用→不安や排外主義を煽るナラティブを拡散→世論の対立、社会の分断の進化
●孤独な脳は人間への感受性を鈍化させる

ネズミの「依存」にかかわる実験より(sereder ,2019)孤立状態にあるネズミは、依存症のある薬物に依存的になりがち。道具やほかのネズミがある環境にあると依存症になることはほとんど無い。
他者との関係性が減って、孤立・孤独状態になると、他社を人間とみなさなくなるだけでなく,人間への感受性そのものを下げてしまう傾向が強まる。人間は脳内報酬がないと生きられないので、それを人間関係から得られなくなれば、モノから得るしかなくなり、モノへの感受性を強めていく。
自尊心は他社との関係性の中で承認や拒絶を受けながら上下することを、ソシオメーター理論という。自尊心は他者とのナラティブ交換の中で少しずつ形成されていく。
「あなたは特別」というナラティブをシャワーのように浴びせると、自尊心が育ち、自分の創造性を試そうとする挑戦精神の旺盛さが育つ傾向がある。
●不安を紛らす脳内の報酬
大脳皮質はデフォルト・モード・ネットワークに関係し、過去の記憶や未来のナラティブ創り、通常はニュートラルだが、不安要素が入ってネガティブなことばかり考えるようになると、不安神経症になる、いわゆるネガティブスパイラルである。
不安を感じる→不安のナラティブをSNSで投稿、拡散→「いいね」で報酬を得ていい気持になるが、不安の原因が解消されたわけではない→再びSNSで不安のナラティブを投稿、拡散して不安を解消しようとする
●陰謀論やフェイクニュースにだまされない「気づきの脳」
前頭葉の少し後ろ「セイリエンス・ネットワーク」は「気づきの脳」ともされ、体内からくる感覚情報や外界から入る情報をモニタリングしながら認識や感情を形成している。
私たちの中では論理科学モードの思考:収束的思考とナラティブ・モードの思考:発散的思考がバランスを取っているが、バランシングが崩れると、陰謀論に走ったりナラティブ・モードで反芻思考:ネガティブスパイラルに陥りがち。また認知的不協和も関係する。
ナラティブ・モードの思考が良く働くと、色々な視点を考えたり、即興再現劇や、小説の読書などにより、「物事をあいまいに受け取る力」=陰謀論などに騙されないチカラが付く
●「記憶する自己」という独裁者
大脳皮質の長期記憶には「エピソード記憶」「手続き記憶」がある。
前者は体験、後者は物語形式のナラティブで生成保存される。
これとは別で逐語的記憶があり、要点記憶。
エピソード記憶も要点記憶も個々の事象を
ストーリー仕立てにして整理記憶している。
「経験する自己には発言権がなく、記憶する自己は間違いを犯しやすい」から「記憶する自己は独裁者である」(ダニエル・カーネマン)。
記憶する自己は独裁者だが、その記憶の編集作業中に誰かの語りに触れたり、
意図的な捜査を受けたりすると、他者のナラティブに左右されやすく、
他者からの影響に弱い
●脳内の「連想マシン」が操作される
昔の記憶と現在体験していることは、脳内の「連想マシン」が自動的につなぐかもしれないが、現実には別物。記憶は思い出せば思い出すほど強化され、さらに拡散されるとSNSのアルゴリズムにより何度も通知、表示されるので記憶がさらに強化されがち
●ジョハリの4つの窓

自分自身や他社との関係性を四つの窓で表す試みが添付表。
他者とナラティブを交換することで話われは自分自身の姿を鏡に映し出すように認識する。この「開かれた窓」をできるだけ大きくすることは、結果的に個人にも社会にも望ましい、「開かれた社会」を実現することになる
●ナラティブ力を養う即興再現劇
幼年期や小学生までではなく、
ある程度大人になるまでであっても即興再現劇は有効。
他者のナラティブを演じるとき、自分はいわば透明で表現するツール。そして自分が一瞬自分じゃないものになり、また自分に戻ってくる。体感的に共感する機会を設けることは、向社会性をつかさどる前頭前野の成熟が青年期にまで及ぶことを踏まえ、その支援となる環境が提供される可能性があることを示す(虫明元教授)
第6章 ナラティブをめぐる営み
●保阪正康さんがつむぐ元日本兵の語り
殺戮の記憶と自責の念をナラティブにして互いに吐き出すことで何とか正気を保つ、戦争時の辛い記憶との対峙方法
●生死の狭間で生まれる戦時民話
戦争談話ではある種の幻想や夢や物語が物語られるが、それを否定してはいけない。
生死の極限に立った経験は理性や知性を超えたところにある。例えば以下4種
1,戦場で死んだ仲間が現れる
2,兵士が死ぬときに故郷の実家や肉親のもとに現れる
3,恨みや悔しさを残した兵士がその対象となる人か組織の前に現れる
4,火の玉、霊魂などになって別の兵士の命を奪う
●「なぜ」を問う拷問からの解放
ノンフィクション作家柳田邦男は
ナラティブの有用性について闘病日記から意味を述べる。
1,苦悩の癒し
2,肉親や友人へのメッセージ
3,死の受容への道程としての自分史への旅
4,自分が生きたことの証の確認
5,同じ闘病者への助言と医療界への要望
●柳田邦男さん「人は物語を生きている」
自分の人生を語ることは、人生の道程を鏡に映し出すようなものであり、
自画像をありのままにしっかりとみることで自己肯定感を持てるようになるという
●「乾いた3人称」と「うるおいのある2・5人称」
専門家としての三人称の目を持ちながら、苦悩する当事者たちにも寄り添う「2・5人称」の視点は、社会の専門化、複雑化が進む時代だからこそその重要性が求められている
●山上被告の裁判に望むもの
●犯罪から離脱する人としない人
犯罪を続ける人は、やめた人の5倍、「主体としての言葉」が完全に欠けている。
自分の行動を「原因」ではなく「結果」と見なしやすく、
すべて「社会のせい」だと考える。
犯罪をやめた人は、自分が、自分を超えて生きながらえる存在=向社会性が強い、
家族や組織、コミュニティや社会の一員としての意識が強い
●希望の考古学
自己肯定的な感覚は、過去の記憶や、肯定的なイメージを持ってくれている他者の存在であり、「まっとうな自分」を裏打ちする記憶や経験を探し当てることができれば、セルフ・ナラティブの再構築へとつなげることができる
●脱過激化と自伝創作作業
ドイツ過激化・脱過激化研究所代表のダニエル・ケーラー博士は、脱過激化にはナラティブの再構築がカギという。過激化した人自身や家族が、信頼できるナラティブを見つけることが重要
●書く 立花隆氏「自分史はメーキング・オブ」
立花隆「自分史の書き方」による方法は以下。
・自分史は自分自身のメーキング・オブである。人生は常に人間関係の海の中を泳ぎ続けるようなもので、驚くほど多くの人間関係を引きずりながら生きていく。その過程で喜怒哀楽を共有しあったりぶつけ合ったりして繰り返すのがエモーションの側面から見た時の生きるという行為で、その全体像が自分史
・自分史を書くのは自分のためと家族に誠の自分を伝えるため
・コンテとして、あまり詳細ではない「自分史年表」を作る。履歴書プラス個人生活史プラス家族史
・自分を取り巻く人間関係のクラスターマップを作る。アルバムなど資料整理で記憶を想起する
・だらだら長く書かず、段落を分けて書く。出来事に限る
・はしがき、あとがきは最後
・お手本は日本経済新聞の私の履歴書。400字詰め原稿用紙で100枚程度
●読む 足りない情報を脳が補う
東京大学大学院総合文化研究科 言語科学者酒井邦嘉教授「脳を創る読書」より。
読書はメタ認知、自分の思考や行動を客体化、対象化して認識する能力を伸ばす。
脳の働きは、どんどん付加的な情報を入れていくほど、記憶がより活用しやすくなるという非効率的な性質を持ち、ストーリー性が合ったほうがより良い。
効率よく学んだり学習をスリム化させたりする教育は人間の思考や創造的な作業に使えるような生きた知識が乏しくなる。新たなアイデアやインスピレーションは、普遍化された知の体系があって初めて可能になる。
これは人間が生涯をかけて続ける他者のナラティブ→吸収、咀嚼→自分のナラティブの再構築→他者への伝達というナラティブ、循環サイクルの基本的な枠組みを築く手助けとなる
●聞く 他者の話から、未完のパズルのピースが見つかる
個人が語る言葉が別の人の未完のパズルを完成させることがある。
●話す イスラエル・パレスチナ「敵」との対話
互いのナラティブを語り合う場を提供する非営利法人の取り組みが広がりを見せる。
米カリフォルニア州のデジタル・ストーリーテリング・センター、
アイルランドのNarrative4、デンマークのヒューマンライブラリー、
イスラエルとパレスチナの「和平へのイスラエル・パレスチナ遺族の会」など。
「対立」や「問題」は客観的な原因だけでできあがっているわけではない。
そこにはさまざまな「物語」が絡まりあっている。
われわれはまずそれぞれの「物語」を互いに「理解」しあうことから
始める必要がある。
ひとつの正解を発見することを目標にするのではなく、差異や多様性を「理解」すること、そこから「和解の物語」や「希望の物語」へとつながる道が見えてくる
(東京学芸大学名誉教授 野口裕二)
●2・5人称ジャーナリズム
●ナラティブ・ジャーナリズムとは
(とは)以下の要素を含むものとされる。
1,正確で十分に調査された情報を含み、読んでいて面白い
2,人間やその情動、
リアルな状況に注目しながら個人のストーリーを中心に展開する
3, 事実のルポルタージュとフィクションの文体を融合させている
注意点としてはデータの裏付けがないことまで「想像力」で保管してしまいかねないこと
●報道におけるナラティブ・アプローチ
(とは)「本質主義」「構造主義」がある。
本質主義とは、ナラティブの中になんらかの本質が隠されていると捉え、
構成主義はナラティブが何らかの現実を構成すると考える。
本質主義は、情報の中身が勝負であり、真実、本質を追いかける。
構成主義は、個々のナラティブが結果としてどのような現実を構成しているかに注目する。
報道において本質主義としての「話の中身」は重要だが、特に傷ついた人へのインタビューの場合、彼らが無理なく「語れる語り」ほど、同じような傷を負う人に響くものはない。
聞き手はつい話の中身をより正確に聞き取ろうとしたり解決策を提案しようとしがちだが、傷ついた人は、自分の語りの中からセルフ・ナラティブを再構築して前に進むしかないので、傍らにいる人にできるのは解決ではなく、その人を核とする暖かなネットワークを作り、あとはその当事者のレジリエンス、事故免疫力を信じてその歩みを見守ったり側方支援することだろう
●星座を創るように
●アルゴリズムのケージで育つ自動人形
1979年から2009年にかけて米国の大学生の共感力を計測比較した調査によると、
30年間で共感性は40%低下し、2000年代以降の下落が、SNSの普及とともに目立った。
マイクロソフト社の調査によると、集中力持続時間は、2000年は12秒だったが2013年には8秒に減少した。別の米国の調査では、子供の行動半径は1970年代から2000年代にかけて約10分の1に減少した。
アルゴリズムの中のケージは心地よいが、自らのナラティブを紡がず、他者の思いに想像力をめぐらせず育つのは、人間の姿をした自動人形かもしれない
●SNS時代の社会情動(非認知的)スキル