論文の書き方について

「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書 」阿部幸大 抄録

※本記事は、首記の書籍の抄です。

Contents
1,<論文とは>
2、<パラグラフをつくる>
3、<パラグラフを解析する>
3-0、パラグラフを解析する
3-1、<長いパラグラフをつくる>
3-2、<先行研究の引用>
3-3、<先行研究を「読む」>
<通読と書評について>
4、<イントロダクションに全てを書く>
4-1、<イントロダクションがすべて>
4-1-1<シノプシスの書き方>
4-1-2<アーギュメントの書き方>
4-1-3<アカデミックな価値の書き方>
4-2<冒頭について>
5<結論する>
5-1、結論とは
5-2、パラグラフの入れ子構造
5-3、結論のパターンについて
6<研究と世界をつなぐ>
6-1、なぜ論文を書くのか
7、<研究と人生をつなぐ>
7-1、なぜ自分はその特定の対象に惹かれるのか
7-2、自分とアーギュメントをつなぐ

1、<論文とは>
ある主張を提示し、その主張が正しいことを論証する文章である。
敷衍すると、アカデミックな価値をもつアーギュメントを提出し、
それが正しいことを論証する文章である、といえる。

ルール①論文はアーギュメントを持たなくてはならない。
ルール②アーギュメントは論証を要求するテーゼでなくてはならない。
ルール②‘アーギュメントは反論可能なテーゼでなくてはならない。
ルール③アーギュメントはアカデミックな価値をもたなくてはならない。
ルール④アカデミックな価値は引用と批判によってつくられる。
ルール⑤パラグラフは冒頭にパラグラフ・テーゼをもたなくてはならない

・他人の意見を引用すると自分のアーギュメントにアカデミックな価値があることを
示すことが可能になる。逆もまた然り
・現行の(先人の論文との)「会話」を整理することでコンテクストを用意し、
 それと自分のアーギュメントとの関係を述べなくてはならない。
・アカデミックな価値は、
 多くの読者が「面白い」と思ったときに発生するのではなく、
 先行研究を引用し、自分のアーギュメントが現行の「会話」を更新する
 ものであることを示すことによって、自分でつくるものである。
・論文は常に一種の反論として書かれる。
ルール④アカデミックな価値は引用と批判によってつくられる。(再掲)
・なぜ先人の知見を否定、批判することが重要なのかをきちんと説明する責任がある。
・批判対象となる意見Aがひろく受け入れられたものであればあるほど、
 自らの主張Bの潜在的な価値は大きくなる。
・アカデミックな価値の図解の有名な事例にマック・マイトの例証がある。

 ☆☆画像 マック・マイトの例証☆☆


 人類がこれまで獲得、蓄積してきた全知識の総体のようなものを、
 ひとつの円で表現する。
 この図の主張は、人間の知識の総量をちょっとだけ拡大する仕事が研究論文、
 である。
 これまで誰も知らなかったことを発見して、人間の知識の総量を増やすこと、
 ともいえる
・一方で筆者/阿部幸大の主張する研究論文の役割は異なる。
 人文学の機能のひとつは、「常識」を刷新することだ。
 人文学においては、むしろ円の外縁の拡大よりも、
 円の中心にあって疑われもしないような「常識」をひっくりかえすような仕事
 にこそラディカルな力が眠っている。
 
2、<パラグラフをつくる>
・論理と飛躍について。
 論文とは、イントロで飛躍したアーギュメントを提示し、
本文の論理的なパラグラフでその飛躍を埋める文章である。
 ☆☆画像 論理と飛躍☆☆


・パラグラフ・ライティングをつかう。
 パラグラフの狭義の定義とは、
1、 1つのパラグラフでは1つのトピックについて書く
2、 パラグラフは冒頭のトピック・センテンスと、
それを支えるサポート・センテンスからなる。
1のルールはワンパラグラフ・ワントピックの法則という。
第一に「1つのパラグラフは1つのトピックをもたねばならない」、
第二に「1つのパラグラフで2つ以上のトピックを述べてはならない」。
重要なのは、最終的にパラグラフを構成するトピックの候補なのだと意識することだ。
パラグラフをつくるには、まずはトピックから育てるのが再現しやすい。
・トピックはどこからパラグラフになるのか?
第二に「1つのパラグラフで2つ以上のトピックを述べてはならない」と述べたが、 
トピックセンテンスとは、小さなテーゼである。
つまり、 以下のルール⑤である(再掲)。
ルール⑤パラグラフは冒頭にパラグラフ・テーゼをもたなくてはならない
・パラグラフにおいては一文目に小さな飛躍を伴うパラグラフ・テーゼを置くが、 
パラグラフ・テーゼの小さな飛躍を、事実と論理によって埋める。

3、<パラグラフを解析する>
3-0、パラグラフを解析する
・論文全体ではなくパラグラフを解析するというトレーニング方法について。
・フォーマットをつくる。
まず、既に完成している論文を解析して、
そこから字数についての目安を抽出する。
 全体のパラグラフの総数と、各パラグラフの字数についての平均値をとる。
 基準は以下である。
1) (投稿先の)その媒体以外から選ばない
2) なるべく新しいものを選ぶ
3) 自分の関心と近すぎないトピックの論文を含める
4) その媒体に複数の論文を載せている著者を見つける
5) 生産的な若手研究者を見つける
以上の結果、第一にパラグラフの平均的な長さが短く、
第二にパラグラフの総数が多いことが判明するはずである。
・第一に、パラグラフが短いということは、
そのパラグラフで提示するパラグラフ・テーゼの論証が不十分であるということだ。
・第二に、段落の数が多いということは、
ひとつの論文で提示するパラグラフ・テーゼ(トピック)の数が多すぎることだ。
・上記2つに対処する方法として、第一に、
論文の字数制限を適切なパラグラフ数で割って、
全パラグラフを普段よりも長い字数に予め固定して書くことだ。
これは決められた数のパラグラフをつくる作業に分解される。
第二に、ひとつのパラグラフ・テーゼに多くの字数を割いてゆっくり丁寧に論証する
感覚が身につく=思考のリズムを字数単位でコントロールする力が身につく。
・字数の参考として、筆者は1つのパラグラフに800字の下限を設けている。
 英語であれば330語である。
・プロの書き手は長いパラグラフの中で、
いったい何をやっているのか。
 それには、パラグラフよりも小さい構成単位、センテンスに着目する必要がある。
・エリック・ヘイヨットが「アカデミック・スタイルの基本要素」で提案している、
 センテンスの抽象度を基準にしたパラグラフ解析がある。
・パラグラフ解析の手法は、
センテンスを抽象度に応じて1から5までのレベルに分類すること。
ここでの主張は、センテンスの抽象度を5段階にレベル分けするという
発想を執筆のためのツールとして使うことである。
・レベル1は完全に純粋なデータ、エビデンスであり、
いわば抽象度ゼロのファクトである。
 レベル5はもっとも抽象的で、一般的で、理論的な言明である。
本書でいえばパラグラフ・テーゼである。
 レベル2は「記述Description」と定義されるが、
むしろ「観察Observation」と考える
 つまりレベル2には一定の解釈が存在している。
 ☆☆画像 パラグラフの抽象度の上下運動☆☆


・かように「純粋なファクト」や「観察」や「解釈」の次元を意識すると、
 どのレベルの記述が手薄なのかが数値的にわかる。
 パラグラフの抽象度の上下運動がなるべく滑らかなU字に近づくのが理想である。

3-1<長いパラグラフをつくる>
・丁寧な論証
 実践的な課題は、パラグラフ・ライティングのルールを守りながらもっと長い
 パラグラフを掛けるようになるための方法論の構築である。
・長いパラグラフを解析する
 練習として1000字のパラグラフの解析をやってみてほしい。
 結果として、
 第一に、レベル1に当たる記述が多いことに気付くだろう。
 ファクトについて周辺的な情報をいちいち盛り込んでいくことがある。
 調べた情報をパラグラフで「つかう」のは簡単なようでいて、
 実際はトレーニングが必要な知的操作であり、
 意識的に身につける必要があるテクニックである。
 たとえば「AがBをした」という情報をセンテンス化するとき、
 初心者はそのまま書いてしまいがちであるが、
 プロは、「何年の何月何日に、そのときXという組織のYという身分だったAが、
 Cの依頼に基づいてBをすることになった」といった具合に詳細を盛り込む。
 練習方法として今までスルーしていたが、
 パラグラフに盛り込める可能性のありそうな
 データを片っ端からメモすることが有効だ。
・第二に、レベル5のパラグラフ・テーゼの前後に、
 レベル4のセンテンスが配置されていることに気付くだろう。
 レベル4の記述は基本的に、
 ファクト・観察・解釈からレベル5のテーゼへの接続、
 つまり具体から抽象への接続の役割を果たす。
 パラグラフ解析において、
 センテンス内で「1から3」に抽象度がシフトしているとした箇所が
 いくつかある。
 要するにファクトの提示の直後で、それがなにを意味するのか、
 なぜ引用したのか、
 著者自身の言葉でいちいちレベル2から3の説明を挟むのである。
 こうしたレベル3から4のセンテンスで使われているのは、
 いずれもパラフレーズテクニックの一部である。
・記述を一段抽象的な次元への移行させる操作であり、
 このパラフレーズは、
 文章がファクトの羅列ではなく筆者の思考のプロセスであるという印象を与える。
 レベル4がテーゼとメモを元手にパラグラフを構築するさいにもっとも重要かつ

 困難なセンテンスとなる。
それは個別具体的な解釈行為(3)と
抽象的なテーゼ(5)両方のパラフレーズとして機能せねばならない、
パラグラフの蝶番となるセンテンスである。
 当該パラグラフの論証が十全になされたかどうかという読者の印象を、
 その一文は大きく左右することになる。
・このパラフレーズという能力は、
おそらくミクロな次元においては文章執筆の最重要テクニックである。
自分の言葉で説明せよ、
といった国語の問題で問われる基礎言語能力であり、
読解・引用・執筆のあらゆる局面で必要になる技術であって、
もはや 思考力そのものである といえる
・なぜプロのパラグラフは長いのか。
それは情報量とパラフレーズが豊富だからである。

<長いパラグラフをつくるためのパラグラフ解析>
・第一に、既出版のパラグラフ解析である。
 解析するパラグラフはイントロ・結論を除いたセクション以降から
 選んだほうが良い。
・第二に、沢山書くことである。
 800字から1000字といった字数設定で、
 単発の長いパラグラフを何本も書くというトレーニングが良い。
 適当なトピックについて小さ目のパラグラフ・テーゼをつくり、
 簡単な調べものをしてパラグラフを一つ書いてみるのだ。

3-2、<先行研究の引用>
<読解と引用>
・論文執筆の場においては、資料を探し、読み、そこから引用箇所を決定して、
 みずからの議論に組み込まなくてはならない。
・重要なのは、読むことと引用する事には距離があることだ。
 先行研究を精査する作業が自己目的化してしまうというパターンが頻繁に、
 きわめて頻繁に発生するのである。
 目的は、勉強ではなく、研究なのだ。
・ここでは引用するという目的をもって資料を読むという技術論にフォーカスして
 解説する。
・ハイライト用のマーカーを3色ほど使うよう提案する。

<先行研究からデータをとる>
・第一段階。蛍光ペンを使う。
文献表または注釈にある引用文献を、
研究書とジャーナル論文で2色にわけてハイライトする。
文献の数量を定量化するのだ。
数値的な目安として、ズバリ最低25本だ。
日本語なら400字ごとに1本、英語なら300語ごとに1本である。
それぞれ400字詰めの原稿用紙1枚と、
ダブルスペースでのレターサイズ1枚におおよそ相当する。
・第二段階。例えば文献一覧または注釈で、
書籍を赤、論文を青でハイライトした後、
本文中の引用箇所を同じ色でハイライトする。
・第三段階。本文のハイライトを終えたら、
参照されている文献そのものを可能な範囲で
入手し、書籍や論文のどの箇所から引用しているのかを調べる。
・以上調べた数値的な目安には、以下の効用がある。
・第一に、わたしたちは読むべき資料が膨大で途方に暮れてしまうことがある。
 ジャーナル論文程度の規模であれば25本ほど引用できれば最低限の量はクリア。
・第二に、25本も資料を読んだのなら数千字は書けて然るべきである意識が持てる。

<アーギュメントを見つける>
・論文を「読む」とは、
 なによりもアーギュメントを発見することである。
 論文なり書籍なりのアーギュメントがなんであるか確定させるまでは読み始めては
 いけない。
・論文または研究書にアブストラクト(要旨)がついていたら、
 それを精読する。
 ここで精読とは「きちんと理解する」といった漠然としたものでは無く、
 パラグラフ解析と同様のアブスト解析である。
 各センテンスがどういった役割を果たしているかを分析し、
 その著者のアーギュメントを確実に抽出するのだ。
・イントロにおいてアーギュメントが置かれている可能性が高いのは、
 いちばん最初、その次のパラグラフ、
 そしてもしイントロの最後のパラグラフがシノプシスである場合、
 その直前のパラグラフである。
・改めてここで蛍光ペンを使う。
「これがアーギュメントだ」と確信できるセンテンスを発見したら、
 それをハイライトする。この色はアーギュメントにしか使ってはいけない。
・アーギュメントを見つけたら自分の言葉でパラフレーズし、それを書き記すべし。
「どういう論文だったのか」という問いに一文で答えを出すための読解方法である。

3-3、<先行研究を「読む」>
・先行研究を自らの議論に組み込むという目的の達成において本文を通読する必要は無い。
・同意するにせよ反論するにせよアーギュメントをダイレクトに議論に組み込むのが最も誠実な引用の形式だからである。
・論文の仕事はあくまでも先行研究のアーギュメントを正確に把握したうえで、
みずからの新しいアーギュメントによってアカデミックな会話を一歩先に進めることである。
・アーギュメントを発見しパラフレーズできたとして、残りはどうするか。
 ここでは英語圏の大学出版から出ている研究書をモデルにする。
 研究書を一冊手に入れたとしよう。
最初に読むべきはイントロでも目次でも無く、
裏表紙である。ここから書籍全体のアーギュメントを抽出しよう。
書籍にはだいたいチャプター級に長いイントロダクションがついている。
ここからもアーギュメントを抽出しておきたい。
その場合にみるべき順番は、
1) 冒頭の数段落、
2) 2)第一セクションの最後、そして第一セクションが導入の為の
エピソード感がつよくアカデミックな議論の本題に入らない場合、
3) 第二セクションの最初、そして最後に、
4)各章のシノプシスに入る直前である。
・4)について。イントロダクションの末尾にある各章の概要を使うというものが容易だ。
 だいたいイントロの最後のセクションは、
各章の議論をまとめたアブストに割かれている(書籍全体のシノプシス)。
裏表紙とイントロから書籍全体のアーギュメントを抽出したら、
次にここを読んで、各章のアーギュメントを赤でハイライトしておこう。
☆☆画像 各章のアーギュメント☆☆


・次に、なんらかの理由で書籍を通読する必要があるとする。
その場合、通読において重要なのはもちろん、
アーギュメント以外の引用可能性がある箇所を特定することだ。
参考)
1) 赤のハイライト:アーギュメント、ぜひとも引用したい
2) 青のハイライト:個人的に興味があり、引用する可能性もある
3) 緑のハイライト:重要なデータ、ファクト、情報。この本からではなく、自分で一次情報にあたって引用
4) シャーペンの下線:読んでいて軽く重要だと思った箇所、引用しても良い

<通読と書評について>
・通読の方法論の構築として、書評を執筆するものがある。
「あえて書評に盛り込むとしたらアーギュメント以外に何を書くか」
 と問いながら読む。

4、<イントロダクションに全てを書く>
4-1、<イントロダクションがすべて>
・これは2つの意味でそうである。
第一に、
イントロダクションにはその論文でやることのすべてを書かなくてはならない。
全てとはすなわち、アーギュメントであり、
そのアカデミックな価値であり、
本文全体の概要(シノプシス)である。
第二に査読者はイントロを読んだ時点でその論文の評価をほぼ決定するので、
イントロですべてが決まってしまう。
・パラグラフ・ライティングのルールで書かれる本文においては、
とにかくミスがあってはいけないのだ。
これが守りの姿勢であるとすれば、
イントロでは読者にその論文の価値を売り込む「攻め」の姿勢が必要になる。
・イントロが難しいのは、
それ以外の部分をどのように書こうと完全に自由なことである。
4-1-1<シノプシスの書き方>
・シノプシスは
 「以下、本論では、第一節でAについて述べる。つづいて第2節ではB、、、」
 という具合に本文における論証のプロセスを時系列順でまとめた文章だ。
 ほとんどの場合シノプシスはイントロの最後、
 つまり本文が始まる直前に置かれる。
4-1-2<アーギュメントの書き方>
・アーギュメントを詳述するパラグラフを1つ用意するべきである。
 第一に、アーギュメントの真意を伝えるために
 必要かつ十分な周辺情報や文脈を盛込む。
 第二に、抽象度や視点を変えながらアーギュメントを
 何度かパラフレーズすることで
 主張内容の確実な理解を読者に促す必要がある。
 アブストそのもの、またはそれを詳述したモノが
 アーギュメント・パラグラフである。
4-1-3<アカデミックな価値の書き方>
・論文が持つアカデミックな価値とは、
 論文の価値であり、
 それは研究の意義の根幹にかかわる大問題だ。
・アカデミックな会話とは、
 関連する先行研究を整理することでわたしたちが作るのだ。
 わたしたちは先行研究のネットワーク内にみずからのアーギュメントを
 位置づけなくてはならない。
・一つの方法は、先行研究の整理に1パラグラフを割きつつ、
 そこで複数の先行研究が「同じことを言っている」と述べるのである。 
 ABCがみな一様に暗黙の裡に共有している前提のようなものを見出し、
 そこに介入すると宣言するのだ。
 先行研究全体における議論の傾向、
 「会話」において共有されている暗黙のコンセンサス
 のようなものを疑うのが有効な方法の一つである。
・アーギュメントをなるべく広い「会話」内に位置づけようとすれば 
 必然的に言及すべき研究が増えるため、その多くは注にまわすしかなくなる。

4-2<冒頭について>
・イントロダクションにおいてもっとも自由度が高いのは冒頭部分、
 つまり論文のいちばん最初の導入である。
 あってもなくてもよいうえに、何を書いてもよい。
 論文の本題へとスムーズに読み進んでもらうための導入である。
 ポイントになるのは親切さである。
 まず過剰なくらい丁寧な説明を盛込み、
 親切な導入を書くトレーニングを積むのが良い。
・冒頭のふたつめのポイントは、この論文は面白そうだと思ってもらうことだ。
 論文ないしは著者に興味をもってもらい、その論文を読んでみたい、
 その著者の話を聞いてみたいと、読者に思わせることだ。
 これはアカデミックな価値とは無関係で、純粋にレトリックの問題である。
・面白さ、魅力については、
 初学者でもチャレンジできるパターンについて2点述べる。
・ひとつはエピソードで開始する方法である。
・もうひとつは、親切ではないが効果的なイントロとは何かを考える。
 それは意外さである。つまり驚きだ。
 あなたは冒頭で読者の意表を突くことを目論んでも良い。
 親切な冒頭は大きな見取り図から徐々にズームインしてゆくことで
 本題に接近する。
 意外な冒頭は、細部から始まってズームアウトしてゆくことが多い。
・なお、ひとつの冒頭を「これだ」と思えるということは、
 全体を執筆する準備が整っているからそう判断できるのである。
「まあこれで大丈夫かな、、、」という程度では、
 もうすこし本文の準備に時間を割いた方がいい。
・イントロは通常、3,4パラグラフから長くても6パラグラフである。

5<結論する>
5-1、
・結論こそは公式めいた方法論を抽出するのがもっとも困難である。
 結論は重要度でいえばイントロや本文よりも低い。
・結論は、
 論文の内部にありながら論文を超越するような何かを埋め込むことができる
 可能性の或る唯一のセクションである。
・結論とは議論の要約ではない。
 Concludeとは議論の総和ではなく、
 いわば総和の外縁を「閉じる」ことで
 議論を「終わらせる」という行為なのである。
 結論はまさしくその「閉じる」というジェスチャーによって、
 その議論に総和以上のものを追加するなにかでなくてはならない。
5-2、
・ヘイヨットは各センテンスの抽象度を1から5までのレイヤーに分けたうえで、
 パラグラフ・テーゼの抽象度はパラグラフの冒頭と末尾で異なるべきだと述べる。
 最終的には4よりも抽象度の高い5に到達すべきだという。
☆☆画像 パラグラフの構造☆☆


・さらに、この非対称性は
 個々のパラグラフだけでなく論文全体に当て嵌まる構造である。
 各パラグラフ、各セクション、そして論文全体のすべてが「左右非対称のU」
 をもっており、全体として入れ込構造になっている。下が図示だ。
☆☆画像 パラグラフの入れ子構造☆☆


・そもそも議論が高次元であるとはどういうことか。
 あるいは、アーギュメントを超えるとは、どういうことか。
 コンクルージョンとはアーギュメントの論証に奉仕するセクションではない。
・やるべきは、
 問題を個別具体化し限定しているなんらかの枠組みを取り払えばよいのだ。
・結論セクションで提示するテーゼは、論証にその論文1本を要したアーギュメント
よりもでかくて十分に論証などできない、にも関わらず、それを結論で書いてよい。
つまり「飛躍」というタブーが許容されるのだ。
5-3、
・結論のパターンについて。
 議論の応用可能性とはそもそもなんのか。
 それは応用可能性の地平を読者に見せることだ。
 価値の作り方のひとつが、例えば「この論文は『アンパンマン』そのもの
 に興味がない人にも有益な議論ですよ」と述べること、
 アーギュメントと論証の具体的な内容よりも広範な応用可能性の提示なのである。
☆☆画像 同心円モデル☆☆


・阿部幸大が呼称する同心円モデルが重要なのは、
円の外側に向かうほど、
 読者数の規模が拡大していく点である。
 自分が取り組んでいる目の前の小さな研究トピックが巨視的にはどういった
 大きな研究の一部で、自分の論文にどのような貢献が可能なのか考えるのが重要

6<研究と世界をつなぐ>
6-1、なぜ論文を書くのか
・人文学の存在意義そのものにかかわる問題であり、次の問題へとダイレクトに
 つながっている。わたしたちの存在意義はどこにあるのか?
・人文学の目的とは、どんなものでありうるのか。
 それは何に対して誠実であるべきなのか。
 American Literatureによると、同誌の掲載論文には、
 圧倒的に人種についての論文が多い。
 つまり世の中にある不平等や不正義を批判するという目的を共有するのだ。
・人文学の究極目的の一つは社会変革だ。
 それは人種差別が、性差別が、階級差別が、植民地主義が、支配と抑圧が、
 有形無形のありとあらゆる暴力が悪であると主張し、
 それを是正するための言説の構築に奉仕することだ。
 つまり暴力の否定、暴力の低減である。
 暴力を否定するなんらかのロジックなりナラティブなりを批判することだ。
・American Literatureなどトップジャーナル群には、
 いかに世界をより良くするかという究極目的を共有しているかがわかる。
 暴力を減らすための言論活動の価値が世界から消えることはない。
・以上が、たとえ自分が個々の論文執筆においてコミットしているトピックが
 どんなに小さなものであっても、それは世界と接続されていると、
 信じるための一つの例である。

7、<研究と人生をつなぐ>
7-1、
・なぜ自分はその特定の対象に惹かれるのか、
 なぜ自分はその対象がそんなに気になるのかという自問が肝になる。
・一つの方法は、その特定の対象ではなく、
 人生のほうからその特定の対象=トピックを眺めるのだ。
・千葉雅也「勉強の哲学」において、
 『欲望年表』なる自分史の作成を薦めている。
 何歳の時に何に嵌ったか、どんな私的な事件があったか、
 その裏では社会でどんなことが起こっていたか。
 そのようなことを年度別に思いつくままに書き出して、
 自分の人生を客観的に分析するのだ。
・『欲望年表』を披露し、その内容に高度なテクスト分析を施したうえで、
 そこから「多様性」「複数性」「マイナー性」などの
 抽象概念を抽出する。
 年表作成の目的は、「人生のコンセプト」となるキーワードを見つけだすことだ。
 それは「敢えて」無理にでも考え出すことが必要である。
 年表をネタにして現在の研究内容と自分の人生とのリンクを人工的につくるのだ。
・だれに要求されたわけでも無いのに好きだったり重要だったりするものは
 間違いなく自分の人生とつながった何かであるという手応えが得られるからだ。
・現在の自分から見て自分の人生にとって重要だと思われるものばかりを
 セレクトしない事。
 例えば「昔から読書が好きだったから文学を研究する」といったリンクは
 自明過ぎてあまり意味がない。
 この作業の主眼は、あらためて過去を精査することで、
 いわば他者としての自分と出会うことにある。
 だから例えば昔の自分を知る親や友人などから自分がどう見えていたか
 聴くなどが重要だ。
・注目すべきは「好きなもの」ばかりではない。
 なぜかものすごく嫌いだったものとか、やたらと腹が立った出来事とか、
 自分がそれを目にするとなぜか文句を言わなくては気が済まない物事とか、
 そういった要素も貴重な参考資料である。
7-2、
・自分とアーギュメントをつなぐ。
 論文を書くとは、世の中に何らかの新しい主張を齎し、
 それを説得的に論証することで、人々の考えを変えようとする行為に他ならない。
・なぜ、ほかならぬ自分が、その特定のアーギュメントを提出し、
 人々の考えをそちらの方向へ導こうとするのか。
 人文学とは本質的にポリティカルな営為である。



参考文献:
・「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書 」阿部幸大 光文社
・欲望年表 やまりょう参照

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カテゴリー: 書籍

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